ジョン・M・パティソン
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ジョン・M・パティソン(John M. Pattison、1847年6月13日 - 1906年6月18日)はアメリカ合衆国オハイオ州の民主党の政治家。第43代オハイオ州知事。
パティソンはオハイオ州Owensville近くで生まれた。 南北戦争中の1864年に北軍に参加する。 戦争終結後、パティソンはオハイオ・ウェスリアン大学に通い、1869年に卒業。 法学を学んだ後、1872年に弁護士になった。 保険会社で重役として働く前にパティソンは1873年に一時オハイオ州下院議員をしていた。 しばらくオハイオ州上院議員をしてパティソンは1890年に連邦下院議員に当選する。 1891年から1893年まで1期務めたが、1892年の選挙では再選はならなかった。 パティソンは1905年にオハイオ州知事に当選。 1906年1月に就任したが在任のまま6月に死去した。
参照 [編集]
参考文献 [編集]
- John M. Pattison at the Biographical Directory of the United States Congress Retrieved on 2008-11-05
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: マイロン・T・ヘリック |
オハイオ州知事 1906年 |
次代: アンドリュー・L・ハリス |