ジョン・ロッセーリ

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ジョン・ロッセーリ(John Roselli、1905年7月5日 - 1976年7月28日から8月9日の間)はマフィア組織シカゴ・アウトフィットの大物だった人物。ジョン・F・スチュワート(John F. Stewart)の偽名を持ち、ハンサム・ジョニー(Handsome Johnny)の渾名で知られた。本名はフィリッポ・サッコ(Fillipo Sacco)。

概要[編集]

イタリアフロジノーネ県エスペーリア生まれ。1911年アメリカに渡ったときに法律上の問題が生じたためロッセーリと改名した。ハンサムで口がうまく、ハリウッドに進出したギャングで撮影所から何百万ドルも引き出す話をまとめたりもしていた。有名人や映画人と付き合うのが好きな男だった。

シカゴの貧しい地区で育ち、アル・カポネポール・リッカトニー・アッカルドサム・ジアンカーナと仲間として関係を持った。

ラスベガスとハリウッドを本拠地とするマフィアのボス。フィデル・カストロ暗殺未遂事件CIAから引き受けた3人のボスの一人。他の2人はジアンカーナとサント・トラフィカンテ

ロッセーリは1960年代に実業家やハリウッド・スターたちから数百万ドルを詐取した事件で有罪判決を受ける。さらにINS(移民局:Immigration and Naturalization Service)から国外追放命令も受けた。この頃彼はケネディ大統領暗殺事件について「リー・ハーベイ・オズワルドは捨て駒だった」など、事件の詳細をべらべら喋っており、仲間から危険人物と思われるようになっていた。

後年にターミナル・アイランドの連邦刑務所でビル・ボナンノに会い、ダラスで起きた事件の詳細などの話をした。ビルもロッセーリが場所を気にせずに事件の詳細を話し出したことに驚いていた。

出獄してしばらくたった1976年7月28日ゴルフに行くと言ってフロリダ州の家を出たまま2度と帰らなかった。1週間ほどして彼のバラバラ死体がビスケイン湾に漂う60ガロン入りドラム缶の中で発見された。この事件の犯人が捕まることはなかった。

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