ジョン・スタップ
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| ジョン・ポール・スタップ John Paul Stapp |
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| 生誕 | 1910年7月11日 |
| 死没 | 1999年11月13日 |
| 所属組織 | アメリカ空軍 |
| 最終階級 | 大佐 |
| 除隊後 | 航空医学研究者 |
ジョン・ポール・スタップ(John Paul Stapp, 1910年7月11日‐1999年11月13日)は、ブラジルのバイーア州出身のアメリカ空軍大佐であり、航空医学研究者でもある。後には自動車安全技術の研究も行った。
経歴 [編集]
1944年、ミネソタ大学医学部を卒業し、この年10月5日にアメリカのニューメキシコ州にあるハラマン空軍基地に入隊する。
1949年、墜落時の安全を確保する実験を行った。しかしこの実験のアシスタントを務めていたエドワード・アロイシャス・マーフィーJr.大尉の誤りが元で次々と失敗、破壊を繰り返してしまう。このことからマーフィーの法則が生まれたとされている。
1954年、5年前の失敗を晴らすため、エドワーズ空軍基地のロケットスレッド有人実験でスタップは急加速および急減速の人体実験を行った。当時速度が増大していたジェット戦闘機における安全性確保をいかに施すかの試験であった。大佐はヘルメットのみ着用、むき出しのまま乗り込み、たった5秒で時速1,017 kmまで加速した後、急ブレーキをかけられた。そのとき彼の体には50 G近くもの重力が瞬間的にかかり、大ケガは無かったが一時的な失明状態に陥った。もう少しGが多ければ目が飛び出すと言われた程であった。
1967年、アメリカ運輸省国家道路交通安全局(National Highway Traffic Safety Administration)へ自動車の安全性研究のため派遣された。1970年に退役。その後スタップ財団名誉会長となった。
1999年11月13日、会長になってから5年後、ニューメキシコ州アラモゴードの自宅で89歳で死去した。
2003年、マーフィーの法則の発見の「功績」により、イグノーベル「工学賞」を共同受賞している。
