ジョン・シュミット (アメリカンフットボール)

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ジョン・シュミット

John Schmitt  No. 56, 52

センター
生年月日:1942年11月12日(72歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン区
身長:6' 4" =約193cm 体重:253 lb =約114.8kg
NFLデビュー
1964年ニューヨーク・ジェッツ
経歴
大学ホフストラ大学
 所属チーム:
通算成績
(1974年までの成績)
出場試合数     129試合
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録

ジョン・シュミット(John Schmitt 1942年11月12日- )はニューヨーク州ニューヨークブルックリン区出身のアメリカンフットボール選手。1964年から1974年までニューヨーク・ジェッツグリーンベイ・パッカーズでプレーした。ポジションはセンター

ホフストラ大学では1961年から1963年まで3シーズンに渡って先発出場し、1962年には大学初のポストシーズン(セメントボウル)出場を果たし、1963年にはオールアメリカンに選ばれた[1]

1964年から1973年までの10年間をニューヨーク・ジェッツ(入団当時はAFL所属)で過ごした。入団3年目の1966年より全試合に出場した。1974年にグリーンベイ・パッカーズにトレードされシーズン終了後引退した[2]

1968年シーズン、ジェッツがAFLチャンピオンとなり、1969年1月12日に行われたボルチモア・コルツとの第3回スーパーボウルでシュミットは先発出場しチームは優勝した。2008年にニューヨーク・デイリーニューズのインタビューに対して、スーパーボウルの際、彼は肺炎に罹っており、試合終了後のロッカールームで嘔吐したという[3]

1968年、1969年にオールプロに選ばれた[1]

スーパーボウルリング[編集]

史上最大の番狂わせとして名高い、1969年の第3回スーパーボウルに優勝しスーパーボウルリングを獲得した。しかし1971年[3]ハワイワイキキビーチでサーフィンをしていた際に海岸から400m離れた場所でリングを落としてしまった。海岸に戻ってリングが指から落ちたことに気づいた彼はシュノーケル足ひれをつけて3時間ほど、リングを探したが見つけることはできなかった。その後ワイキキのライフガード、ジョン・エルンストバーグにリングは拾われ、1991年にエルンストバーグが亡くなり、1995年にはその妻も亡くなり、夫妻の大姪が遺品の中から見つけた。そして宝石商の鑑定の結果、シュミットが失ったスーパーボウルリングであることが判明した。2011年、宝石商はニューヨーク・ジェッツのオフィスに連絡を取り、ロングアイランドに住むシュミットにこのニュースを知らせた。こうしてシュミットが紛失したスーパーボウルリングは40年ぶりに彼の手に戻ることとなった[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b #77 John Schmitt”. ホフストラ大学. 2011年10月3日閲覧。
  2. ^ John Schmitt”. intercontinental.net. 2011年10月3日閲覧。
  3. ^ a b Lost Super Bowl ring to be returned”. ESPN (2011年9月17日). 2011年10月2日閲覧。
  4. ^ 40-Year Super Bowl Ring Mystery Solved”. thepostgame.com (2011年9月16日). 2011年10月2日閲覧。

外部リンク[編集]