ジョン・サーモンズ

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ジョン・サーモンズ
John Salmons
ニューオーリンズ・ペリカンズ  No.15
John Salmons.jpg
名前
本名 John Rashall Salmons
愛称 "Buck"
ラテン文字 John Salmons
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1979年12月12日(35歳)
出身地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
身長 198cm
体重 93.9kg
選手情報
ポジション シューティングガード
背番号 15
ドラフト 2002年 26位
経歴
2002-2006
2006-2008
2008-2010
2010-2011
2011-2013
2013- 2014
2014-
フィラデルフィア・76ers
サクラメント・キングス
シカゴ・ブルズ
ミルウォーキー・バックス
サクラメント・キングス
トロント・ラプターズ
ニューオーリンズ・ペリカンズ

ジョン・サーモンズJohn Rashall Salmons1979年12月12日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のバスケットボール選手。NBAニューオーリンズ・ペリカンズに所属している。ポジションはシューティングガード。身長198cm、体重94kg。愛称はBuck

経歴[編集]

学生時代[編集]

マイアミ大学ではスモールフォワードでプレイした。1年目は29試合中12試合に先発出場し、当時のカレッジ界のスター選手だったリチャード・ハミルトンマイケル・レッドらを好ディフェンスで苦しめ、注目を集めるようになる。2年目には先発に定着し、3年目には13.3得点6.0リバウンドの成績を残し、チーム内ではリバウンド、アシスト、スティールでトップだった。またビッグ・イースト・カンファレンスのオールサードチームにも選出された。大学のラストシーズンにはセンター以外のあらゆるポジションでプレイするオールラウンド性を発揮。13.1得点6.0リバウンド6.1アシストの成績を残し、また同校初のトリプルダブルも達成。カンファレンスのオールサードチームとスポーツマンシップアワードにも選ばれた。

在学中の連続107試合出場は同校の新記録。同校初の3シーズン連続通算50スティール達成、通算1000得点600リバウンド400アシスト以上を達成した選手である。サーモンズが在学した4年間、同校は87勝をあげ、これは他のどの4年間よりも高い数字だった。

NBA時代[編集]

大学卒業後、2002年のNBAドラフトサンアントニオ・スパーズから1巡目26位指名を受けてNBA入りを果たしたが、その後すぐにトレードに出され、ルーキーシーズンとなった2002-03シーズンを地元フィラデルフィアのフランチャイズチーム、フィラデルフィア・76ersで迎えた。76ersでは4シーズンプレイ。ルーキーシーズンから暫くはまとまった出場時間を得られなかったが、最後のシーズンとなった05-06シーズンには平均7.5得点にまで成績を引き上げた。

05-06シーズン終了後、制限付きFAとなったサーモンズは、サイン&トレードでトロント・ラプターズ行きが決まっていたが、サーモンズはこれを拒否。その後サーモンズはサクラメント・キングスと複数年契約を結ぶことに成功する。

キングスではポイントガードとして起用される機会も増え、持ち前のオールラウンドな才能を発揮するようになる。12月22日デンバー・ナゲッツ戦で21得点11リバウンド10アシストとキャリア初のトリプルダブルを達成する。翌07-08シーズンには主力選手であるマイク・ビビーケビン・マーティンロン・アーテストが相次いで故障で離脱したことで、サーモンズは多くの出場時間を得られるようになり、このシーズンは12.5得点4.3リバウンドの成績を残した。翌2008-09シーズンはさらに成績を伸ばすが、キングスはチームの再編のためにロスターを大きく入れ替え、サーモンズもシーズン中にシカゴ・ブルズにトレードされた。

サーモンズは移籍後も好調を維持し、このシーズンは18.3得点4.3リバウンド、3P成功率は41.7%を記録し、ブルズのプレーオフ出場に大きく貢献している。

2010年、2月、ハキム・ウォリックジョー・アレクサンダーとの交換トレードで、ミルウォーキー・バックスへ移籍。

2011年6月23日、トレードでサクラメント・キングスに復帰した。

プレイスタイル[編集]

ポイントガードからスモールフォワードまでこなせる総合力が高いユーティリティープレーヤーである。得点オプションが豊富で、ペネトレイトからの得点や3ポイントシュートも打てる。

外部リンク[編集]