J・M・クッツェー

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ジョン・マックスウェル・クッツェー
John Maxwell Coetzee
J・M・クッツェー、2006年ポーランドワルシャワにて
誕生 1940年2月9日(69歳)
南アフリカ共和国ケープタウン
職業 小説家
主な受賞歴 ノーベル文学賞ブッカー賞
ウィキポータル 文学
  
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:2003年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:アウトサイダーが巻き込まれていくさまを、無数の手法を用いながら意表をついた物語で描く作家である

ジョン・マックスウェル・クッツェーJohn Maxwell Coetzee, 1940年2月9日 - )は南アフリカ出身の文学者で、2003年ノーベル文学賞の受賞者。アフリカ出身の受賞者としては、ナイジェリアのウォーレ・ショインカ、エジプトのナギーブ・マフフーズ、南アのナディン・ゴーディマーについで4人目である。マスコミ嫌いで知られるクッツェーは、2003年12月10日ストックホルムで行われた授賞式には出席したが、記者会見はしなかった。

[編集] 略歴

クッツェーは南アフリカケープタウンに住むアフリカーナーの家系に生まれた。少年時代を内陸の町ヴスター近郊で、ハイスクールと大学時代をケープタウンですごし──この間のエピソードは回想記風の作品『少年時代』(1997年)や『青年時代』(2002年、未訳)に詳しい──1960年に英語の学位を、1961年に数学の学位を取得してケープタウン大学を卒業。

1961年に英国に渡り、コンピュータープログラマーとして働きながら、フォード・マドックス・フォードについて修士論文を書く。その後、1965年に渡米してテキサス大学で学び、サミュエル・ベケットの初期作品の言語学的研究で博士号を取得。バッファローニューヨーク州立大学で教壇に立ちながら作品を書き始める。

1971年に南アフリカに帰国し、1972年からケープタウン大学で教職につく。以後ここで2001年まで英文学、言語学、文学、クリエイティヴライティングなどを教え、2002年、オーストラリアアデレードに移り、アデレード大学の英文学部名誉研究員となる。2006年3月にオーストラリアの市民権を獲得。

簡潔で美しい文体の作品は、発表されるたびにつぎつぎと有名な文学賞を受賞。1983年の『マイケル・K』でブッカー賞を受賞し、さらに1999年の『恥辱』で同賞はじまって以来の初のダブル受賞(授賞式はいずれも欠席)。無駄を削ぎおとした、比類なく端正な文体で、人間存在の奥深くを描き出す作風は、実験的、寓意的、ポストモダンと、さまざまに論評され、現在、世界文学のなかでもっとも気になる作家の一人として論じられることが多い。

ノーベル賞授賞時にスウェーデン・アカデミーがあげた理由は「数々の装いを凝らし、アウトサイダーが巻き込まれていくところを意表を突くかたちで描いた。その小説は、緻密な構成と含みのある対話、すばらしい分析を特徴としている。しかし同時に、周到な懐疑心をもって、西欧文明のもつ残酷な合理性と見せかけのモラリティを容赦なく批判した」というもの。

2006年9月末、国際サミュエル・ベケット・シンポジウムに特別ゲストとして招かれて初来日。さらに2007年12月に国際交流基金の招きで再来日し、2週間にわたって日本各地を旅行。17日には東京で開かれた自作朗読会で、9月に出版された最新作、Diary of a Bad Year から朗読した。

[編集] 著作

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