ジョン・アーヴィング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジョン・アーヴィング
ワルシャワにて(2006年9月10日)
文学
File:Lit.jpg
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社文芸雑誌
文学賞
作家
詩人小説家
その他作家
お知らせ
このテンプレート解説ページができました。使用されるべき記事が決まりましたので一度ご確認ください。

ジョン・ウィンズロー・アーヴィングJohn Winslow Irving1942年3月2日 - )は、アメリカ合衆国の作家。本名ジョン・ウォレス・ブラント・ジュニア(John Wallace Blunt, Jr)。「ポスト・モダン文学」「メタ・フィクション」らが隆盛の中、「チャールズ・ディケンズを尊敬する」と語り、「物語性の復権」を目指した、波乱万丈の展開の小説を発表。また、次々に映画化され、話題となり、現代アメリカ文学を代表する作家となる。

特に初期作品には、アーヴィング本人の人生の影響が大きく反映している。

目次

[編集] 経歴

  • 1942年3月2日、ニューハンプシャー州エクセターに生まれる。
  • 物心つかぬうちに母が、実父と離婚したため、エクセターのフロント・ストリートにある母の実家で育てられる。
  • 1948年 母が、フィリップス・エクセター・アカデミーの教師、コリン・F・N・アーヴィングと再婚。
  • 幼少時に、文学好きの祖母の影響を受ける。
  • 1957年、フィリップス・エクセター・アカデミー入学。レスリング部主将として活躍。また、文学にも興味を示し、習作をいくつか書く。
  • 1961年、同アカデミー卒業後、レスリングの腕を買われてピッツバーグ大学へ入学。
  • 1962年、レスリング選手を諦めて大学を退学、ニューハンプシャー大学へ入学。
  • 1963年、大学をドロップアウト。ハーヴァード大学の夏期ドイツ語集中講座を受講している間に、パーティで妻となるシャイラ・リアリと知り合う。
  • 1963-64年、ウィーン大学に学ぶ。
  • 1964年、シャイラ・リアリと結婚。ニューハンプシャー大学に復学する。
  • 1965年、長男コリン誕生。ニューハンプシャー大学英語科卒業。短編『冬の枝』が雑誌に掲載される。特別奨学金でアイオワ大学へ入り、創作科でカート・ヴォネガットに師事。
  • 1967年、同大学の修士論文として『熊を放つ』を執筆し、修士号を授与される。
  • 1968年、『熊を放つ』で作家デビュー
  • 1978年、『ガープの世界』を発表、一躍、注目を浴びる。ハードカバーだけで10万部のベストセラーとなり、1980年にはペイパーバック部門のアメリカ図書賞を受賞。
  • 1985年、来日。
  • 1999年、『サイダーハウス・ルール』でアカデミー脚色賞を受賞。

[編集] エピソード

  • アーヴィングが『ホテル・ニューハンプシャー』を執筆中に、完成前の原稿の朗読会を行ったが、ある女子学生が、ある登場人物の運命に、大泣きしてしまったという。

[編集] 主な作品

[編集] 映画化

[編集] 外部リンク


ウィキクォート
ウィキクォートen:John Irvingに関する引用句集があります。