ジョナサン・ハーヴェイ (作曲家)

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ジョナサン・ハーヴェイ(またはハーヴィJonathan Harvey, 1939年5月3日 サットン・コールドフィールド - 2012年12月4日)は、英国現代音楽作曲家

略歴[編集]

ケンブリッジ大学セントジョンズ・カレッジにてエルヴィン・シュタインハンス・ケラーに師事した後、最終的にPh.D.を取得。初期作品では、シェーンベルクベルクブリテンメシアンの影響が入り混じっていた。グラスゴー大学大学院に進学後に、BBCスコティッシュ交響楽団チェリストとして入団した。この頃にはシュトックハウゼンの音楽に興味を持つようになっていた。1969年にハークネス奨学金を得てプリンストン大学に留学し、ミルトン・バビットに出逢って多大な影響を受ける。1980年代には、ブーレーズに招かれ、IRCAMでの創作活動を続けた。

インペリアル・カレッジ・ロンドンの客員教授として音楽を指導しているほか、サセックス大学から名誉教授に任命されており、マレーシア人のタズル・イザン・タジュッディンも教えを受けた一人である。

2012年12月4日、イースト・サセックスルイス英語版で死去[1]運動ニューロン病を患っていた。73歳没。

作風[編集]

初期作品ではウェストミンスター寺院の鐘の音と少年の声(使ったのはハーヴェイの実子の声である)を重ねた擬似児童合唱によるテープ作品「モルトゥオス・プランゴ、ヴィヴォス・ヴォコ」など、IRCAMの電子音響技術を援用しながらも、キリスト教的美学に基づく作品を制作した。この辺りは初期シュトックハウゼンの履修(少年の歌)の側面も目立つ。

アンサンブルとエレクトロニクスのための「BHAKTI」は彼の代表作であり、名声を決定的にした。全曲の素材を録音してあとで倍速をかけて超高音へ寄せる技法は、当時の流行となった。電子音響技術としてIRCAMの技術士ジルベール・ヌーノとのコラボレーションが多い(ヌーノはカイヤ・サーリアホのアシスタントとしても知られる)。インド思想に傾倒しているが、ドローンはあまり使われない。日本初演が実現した比較的最近の「打楽器協奏曲」においては、バリガムランの楽器を用いたりしているが、インドネシアへの伝統の接近は全く感じられず、ただの一素材としての効果的用法に留まる。オーケストレーションは非常に見事であり、明らかにイギリスの伝統を感じさせる透明感が特徴である。

1990年代以降は、特にある音響から別の音響を連想されるような音響モーフィング技術による電子音響部分を包括する作品が多くなる。近作ではオペラ『ワーグナーの夢』などに代表されるように仏教思想に基づく作品が多いが、あくまで思想面での引用にとどまり、本人が仏教に改宗しているわけではない。弦楽四重奏のような伝統的なジャンルにも挑戦し続けている。師のシュトックハウゼンからの感化からか、刺激的なノイズ成分は意外に目立つ。

ほとんどの作品を、フェイバー(Faber)社が出版している。

主要作品[編集]

  • 弦楽四重奏曲第4番
  • BHAKTI
  • 打楽器協奏曲
  • ワーグナーの夢

脚注[編集]

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  1. ^ Jonathan Harvey, classical composer, dies aged 73 BBC News 2012年12月6日閲覧