ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス
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| ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス José Eduardo dos Santos |
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| 任期: | 1979年9月10日 – |
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| 出生: | 1942年8月28日(70歳) |
| 政党: | アンゴラ解放人民運動(MPLA) |
ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス(ポルトガル語: José Eduardo dos Santos, 1942年8月28日 - )は、アンゴラの政治家で第2代大統領。アンゴラ解放人民運動(MPLA)議長。1979年にアゴスティニョ・ネト初代大統領の後を継いで大統領となった。
父は建設労働者。1956年学生時代にアンゴラ解放人民運動(MPLA)に加わる。しかし宗主国ポルトガルの弾圧を逃れ、1961年フランスに亡命を余儀なくされ、後にコンゴ共和国に逃れた。この頃からMPLA内で台頭し、副議長となる。また、亡命生活のため学業を中断していたが、ソ連に移りアゼルバイジャン石油化学大学(現、アゼルバイジャン石油アカデミー、Azerbaijan State Oil Academy)でエンジニアリングの学位を取得する。1970年アンゴラに帰国し、MPLAの軍事部門であるアンゴラ解放人民軍(Exército Popular de Libertação de Angola、EPLA)に所属、MPLAの第二政治・軍管区ラジオ送信担当に就任し、アンゴラ独立戦争に参加した。1974年第二管区電気通信担当副司令官となり、同時にMPLA外交担当コーディネーターに就任した。
1975年アンゴラはポルトガルから独立を果たしたものの、アンゴラは内戦に突入する。アンゴラ内戦初期に議長兼外交政策担当書記となり、1976年書記を交代した。
1979年9月アンゴラ初代大統領のアゴスティニョ・ネトが死去すると、後継大統領に就任した。
| 官職 | ||
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| 先代: アゴスティニョ・ネト |
第2代:1979 - |
次代: (現職) |
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