ジョイス・バンダ
|
ジョイス・ヒルダ・バンダ
Joyce Hilda Banda |
|
![]() 2012年8月4日撮影 |
|
|
|
|
| 現職 | |
| 就任 2012年4月7日 |
|
| 前任者 | ビング・ワ・ムタリカ |
|---|---|
|
|
|
| 任期 2009年5月29日 – 2012年4月7日 |
|
| 大統領 | ビング・ワ・ムタリカ |
| 前任者 | カシム・チルムファ |
| 後任者 | クンボ・カチャリ |
|
|
|
| 任期 2006年6月1日 – 2009年5月29日 |
|
| 大統領 | ビング・ワ・ムタリカ |
| 前任者 | ジョージ・チャポンダ |
| 後任者 | エッタ・バンダ |
|
|
|
| 出生 | 1951年 |
| 政党 | (統一民主戦線)→ (民主進歩党)→ 人民党 |
ジョイス・ヒルダ・バンダ(Joyce Hilda Banda、1951年 - )は、マラウイの政治家。2009年5月より同国初の女性副大統領を務め、2012年4月にビング・ワ・ムタリカ大統領の死去に伴い大統領に昇格。同国初の女性元首となった。
目次 |
概要 [編集]
ジョイス・バンダは、1951年にゾンバ県のマレミア村(Malemia village)に生まれた。ゾンバおよびマロサ選挙区選出の国民議会議員であり、女性青年地域社会サービス省大臣や、ビング・ワ・ムタリカ大統領の下で2006年6月1日から外務大臣を勤めた後、2009年5月に副大統領となった。
一方、マラウイビジネス女性協会(National Association of Business Women:NABW)の設立者であり、1997年にはモザンビークのジョアキン・アルベルト・シサノ大統領と共同で、ニューヨークに本部を置くNGOのハンガープロジェクトから、持続可能な飢餓撲滅のためのアフリカ賞(Africa Prize for the Sustainable End of Hunger )を受賞したほか、ジョイス・バンダ財団(Joyce Banda Foundation)の設立者としても知られ、ブランタイヤのChimwankhunda地域を中心とした孤児の支援や、初等および中等教育への普及に力を注いでいる[1]。
副大統領、大統領へ [編集]
2009年度のマラウイ総選挙においてバンダは、大統領候補のムタリカとともに民主進歩党 (DPP) から副大統領候補として出馬し、当選した[2][3]。しかしムタリカとは対立するようになり、2010年に民主進歩党より追放されている[4]。2012年4月5日にムタリカが心臓発作で死去したため、憲法上の規定により4月7日に大統領に昇格した[5][6]。
脚注・参考資料 [編集]
- ^ Joyce Banda Foundation - The Foundation and the Founder
- ^ "Women are ready to stand in Malawi poll", Sapa-AFP (IOL), 17 May 2009.
- ^ 2009年度マラウイ選挙管理委員会による選挙結果の公式報道
- ^ “マラウイ大統領が死去 78歳、心臓発作で”. 読売新聞. (2012年4月6日) 2012年4月7日閲覧。
- ^ “B・W・ムタリカ氏死去 マラウイ大統領”. 産経新聞. (2012年4月6日) 2012年4月6日閲覧。
- ^ “ムタリカ大統領の死去確認=副大統領が昇格-マラウイ”. 時事通信. (2012年4月8日) 2012年4月8日閲覧。
外部リンク [編集]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ビング・ワ・ムタリカ |
第4代:2012 - |
次代: (現職) |
| 先代: カシム・チルムファ |
2009 - 2012 |
次代: クンボ・カチャリ |
| 先代: ジョージ・チャポンダ |
2006 - 2009 |
次代: エッタ・バンダ |
|
|||||
