ジュニア8冠王座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ジュニア8冠王座(ジュニアはちかんおうざ)は、かつて存在したプロレスの王座。厳密にはこれ自体が王座の名称ではなく、各プロレス団体組織の王座を同時戴冠した状態であった。

概要[編集]

1996年6月17日、ジュニアヘビー級王座のタイトルマッチのみの興行「THE SKY DIVING-J」で全試合終了後の記念撮影の際に獣神サンダー・ライガーが8つの王座統一を提案し、これに賛同した各プロレス団体、各プロレスラーが集い、8つの王座統一を賭けた試合が同年8月2日から5日の4日間のトーナメント戦で行われた(試合会場は両国国技館で開催されていた「G1 CLIMAX」と併催)。このジュニア8冠王座統一トーナメントは「J-CROWN」とも呼ばれる。トーナメント戦はザ・グレート・サスケが優勝し、初代ジュニア8冠王者となった。トーナメント方式ではあったが、対戦は全てお互いの王座の防衛と奪取をかけてのタイトルマッチとなる。参加選手は、このトーナメント戦で統一された王座は以下の通りである。なおNWA世界ウェルター級王座は体重制限が82kg以下であるが、何故か8つチャンピオンベルトの王座統一がされていた期間は他の王座同様100kg未満の規定でタイトルマッチが行われていた。

参加選手
統一された王座

解体[編集]

第3代ジュニア8冠王者であった獣神サンダー・ライガーに、WAR安良岡裕二インターナショナルジュニアヘビー級王座のみに挑戦し、安良岡祐二の勝利で以降ジュニア7冠王座となる。その後WWF世界ライトヘビー級王座については、WWF(現:WWE)からのクレームにより(WWF世界ライトヘビー級王座はビンス・マクマホン・シニアの頃に作られた王座であり、当時のWWFは、WWF世界ライトヘビー級王座を認定していなかった)、1997年11月2日、福岡ドームでの大谷晋二郎ワイルド・ペガサス戦を最後にジュニア7冠王座は解体され、チャンピオンベルトは各プロレス団体へ戻った。

歴代王者[編集]

ジュニア8冠王者 防衛回 獲得日付 獲得場所
初代   ザ・グレート・サスケ 0 1996年8月5日 東京・両国国技館
第2代   ウルティモ・ドラゴン 7 1996年10月11日 大阪府立体育館
第3代  獣神サンダー・ライガー 4 1997年1月4日 東京ドーム
ジュニア7冠王者 防衛回 獲得日付 獲得場所
第4代 エル・サムライ 0 1997年7月6日 北海道・真駒内アイスアリーナ
第5代 大谷晋二郎  3 1997年8月10日 ナゴヤドーム