ジャーニーマン
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ジャーニーマン(Journeyman)は、プロスポーツでいくつもの球団を渡り歩く選手のことである[1]。直訳すると「旅人」という意味だが、「流しの職人」という意味で用いられる。
トレードされたり、解雇されてもすぐに別のチームで必要とされて契約に至るケースが多い。アメリカのプロスポーツは移籍が頻繁に行われるため、該当する選手にしばしばこの言葉が用いられる。逆に長期に渡って同一のチームの第一線で活動し続ける選手はフランチャイズ・プレイヤーと呼ばれる。
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[編集] 主な選手
過去に所属した同一チームへの移籍が含まれる場合がある。また、下記のチーム数は同一チームを含めた在籍チーム総数とし、別に移籍回数を()で記した。なお、下記の選手は一例である。
[編集] NBA
- モーゼス・マローン 1976年 - 1995年 / 7チーム(移籍回数:8回)
- タイロン・コービン 1985年 - 2001年 / 9チーム(移籍回数:15回)
- チャッキー・ブラウン 1989年 - 2002年 / 12チーム(移籍回数:14回)
- トニー・マッセンバーグ 1990年 - 2005年 / 12チーム(移籍回数:13回)
- クリス・ギャトリング 1991年 - 2002年 / 8チーム(移籍回数:10回)
- ジミー・ジャクソン 1992年 - 2006年 / 13チーム(移籍回数:12回)
- ケビン・オリー 1997年 - / 11チーム(移籍回数:13回)
- デイモン・ジョーンズ 1998年 - / 10チーム(移籍回数:9回)
- チャック・パーソン 1986年 - 2000年
- エイブリー・ジョンソン 1988年 - 2004年
- ティム・トーマス 1997年 -
- チャンシー・ビラップス 1997年 -
- マイキー・ムーア 1998年 -
- リッキー・デイビス 1999年 -
- エディー・ハウス 2000年 -
- マイク・ジェームス 2001年 -
- ダン・ディッカウ 2002年 -
[編集] MLB
- マイク・モーガン 1978年 - 2002年 / 12チーム(移籍回数:13回)
- トッド・ジール 1989年 - 2004年 / 11チーム(移籍回数:13回)
- カール・エベレット 1993年 - 2006年 / 9チーム(移籍回数:8回)
- ポール・バコ 1998年 - / 10チーム(移籍回数:8回)
- ジェフ・マント 1990年 - 2000年
- レジー・サンダース 1991年 -
- ロイス・クレイトン 1991年 -
- マット・ステアーズ 1992年 -
- ラッセル・ブラニアン 1998年 -
- オクタビオ・ドーテル 1999年 -
[編集] NFL
- スティーブ・ディバーグ 1978年 - 1998年
- リッチ・ギャノン 1987年 - 2004年
- アンドレ・ライズン 1989年 - 2000年
- ジェイミー・マーティン 1993年 -
- ガス・ファーロット 1994年 -
- クリス・チャンドラー 1988年 - 2004年
- J.T.オサリバン 2002年 -
[編集] NHL
- ロリー・フィッツパトリック 1995年 -
[編集] サッカー
- ベニート・カルボーネ 1988年 - 2006年
- アンディ・コール 1989年 - 2008年
- クリスティアン・ヴィエリ 1989年 -
- ジョン・アロイージ 1991年 -
- ルッツ・ファンネンシュティール 1991年 -
- トレヴァー・ベンジャミン 1995年 -
- マーカス・ベント 1995年 -
- アベル・シャビエル 1990年 - 2008年
- パウロ・ワンチョペ 1994年 - 2007年
- ミオドラグ・アンジェルコビッチ 1995年 -
[編集] その他
- プロレスにおいても、どの団体とも専属契約していないフリーの選手に対して使われる。
[編集] 日本
プロ野球やJリーグなどのプロスポーツにおいて、ジャーニーマンと呼ばれる選手は極めて少ない。よって、ジャーニーマンという言葉も一般的に浸透していない。
1950~60年代にプロ野球最多の8球団を渡り歩いた後藤修は「ジプシー後藤」と呼ばれた。江夏豊、工藤公康など複数の球団で優勝に貢献した選手は優勝請負人と呼ばれる。
[編集] 脚注
- ^ 生沢浩 (2011年12月29日). “ジャーニーマンの意地、大仕事で流浪に終止符を【前編】”. NFL JAPAN. 2012年1月9日閲覧。