ジャン=ユーグ・アングラード
| ジャン=ユーグ・アングラード Jean-Hugues Anglade |
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| 生年月日 | 1955年7月29日(56歳) |
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| 出生地 | ドゥー=セーヴル県 |
| 国籍 | |
ジャン=ユーグ・アングラード(Jean-Hugues Anglade, 1955年7月29日 - )はフランス出身の俳優。
目次 |
[編集] 来歴
少年時代から音楽に興味を持ち、ジミ・ヘンドリックスに憧れ「ジプシーズ」というバンドを組み、プロを目指して日夜練習に励む。
その後、役者志望に路線変更し、1975年からパリのフランス国立高等演劇学校(コンセルヴァトワール)で演劇を5年間勉強する。その間にTVには1977年ごろから出演していた。1982年に映画デビュー。翌年出演した『傷ついた男』では暴力的だが魅力的な男を愛してしまうゲイの青年を見事に演じ、出演2作目にしてセザール賞最優秀新人賞を受賞。1986年の『ベティ・ブルー』では、情緒不安定で後に精神に異常をきたす少女ベティを優しく包み込む青年ゾルグを好演し、世界的にその名が知れ渡る。
1989年に『インド夜想曲』のエキストラで出ていたインド人女優パメラ・スーと交際し、97年に結婚。しかし結婚以前にも様々な女優との浮名を流していた。 2000年代に入りパメラ・スーと離婚。2003年頃にベトナム人女性と再婚し、子供も設けたが、その後再び離婚した。
『キリング・ゾーイ』ではエイズに冒された銀行強盗など演技の幅も広く、1994年に出演した『王妃マルゴ』ではセザール賞最優秀助演男優賞を受賞。1996年の『マキシマム・リスク』ではジャン=クロード・ヴァン・ダムと共演、ハリウッドデビューを果たす。翌年『裸足のトンカ』では監督・脚本業にも進出。
『ポンヌフの恋人』に感動し、感銘を受け自らカラックスに熱烈な手紙を出したとインタビューで答えていた[要出典]。
本国フランスでの娯楽・ファッション系雑誌に『何故、駄作・失敗作がこうも多いのか?』という辛辣な質問と特集が組まれ、それに対し、それを選んでしまう理由等を本人がインタビューで答えるという形式が組まれた[要出典]。
[編集] 主な出演作品
- シーデビル L'Indiscretion(1981)
- 傷ついた男 L'Homme Blesse (1983)
- サブウェイ Subway (1984)
- ベティ・ブルー 37°2 le matin (1986)
- 恋の病い Maladie d' Amour (1987)
- インド夜想曲 Nocturn Indien (1988)
- ニキータ Nikita (1990)
- 真夜中の恋愛論 Nuit d'été en ville(1990)
- 夜ごとの夢/イタリア幻想譚 La Domenica specialmente (1991)
- ラスト・ファンタジーGawin(1991)
- 鯨の中のジョナ Jona Che Visse Nella Balena(1993)
- メランコリー Les Marmottes (1993)
- 百一夜 Les cent et une nuits (1994)(カメオ出演)
- 王妃マルゴ La Reine Margot (1994)
- キリング・ゾーイ Killing Zoe (1994)
- レオン・完全版Leon(1994)(カメオ出演)
- 世界で一番好きな人 Dis-moi oui... (1995)
- 君が、嘘をついた。Les Menteurs (1996)
- マキシマム・リスク Maximum Risk (1996)
- 裸足のトンカ Tonka (1997) 監督・脚本も
- 青い夢の女 Mortel transfert (2000)
- 略奪者 Sueurs (2002)
- ラクダと針の穴 Il est plus facile pour un chameau (2003)
- 夢の中に君がいる Laisse tes mains sur mes hanches(2003)フランス映画祭横浜2003のみの上映。
- テイキング・ライブス Taking Lives (2004)
[編集] 来日
1991年と1998年にゆうばり国際ファンタスティック映画祭の審査員と東京国際映画祭のために来日している。91年には洋酒のCM、服飾メーカーのDOMONのイメージキャラクターにもなったことがある。
[編集] 襲撃事件
本人の公式ページによると、2005年にパリで若者の不良集団に襲われ、大型犬まで嗾けられ大怪我を負ったという。その後回復はしたものの、その時は本気で死を覚悟したらしい。かなりの犬好きで知られているが、その犬に襲われたという精神的ショックは大きかったという。