ジャン・エルマン (博物学者)

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Jean Hermann または Johann Hermann

ジャン・エルマンまたはヨハン・ヘルマン(Jean Hermann または Johann Hermann、姓は Herrmannとも、1738年12月31日 - 1800年10月4日)はフランスの博物学者である。

生涯[編集]

アルザス地方バールで、ルター派の牧師の息子として生まれた。ストラスブール大学で医学を学んだ。1769年にストラスブールの公衆衛生学校の博物学(本草学)の非常勤教授に任じられた。1778年にシュトラスブール大学の教授となり、その後Jacob Reinbold Spielmann (1722-1783)の後を継いで、博物学、本草の教授となった。

エルマンの集めた標本と著書はストラスブール自然史博物館の元になった。植物園の園長も務め、フランス革命で、市が植物園の閉鎖を求めたとき私財を投じて守った。息子のジャン=フレデリック・エルマンも博物学、特に昆虫学の分野で業績をあげたが、フランス革命戦争中に没した。

主著は1783年の『家畜の一覧』("Tabula affinitatum animalium")と没後に出版された『動物学に関する新観察』("Observationes zoologicae, quibus novae complures" )である。多くの学会に属しヨハン・ダーフィット・シュープ、オイゲン・エスパー(Eugen Johann Christoph Esper)、ヨハン・ヤコブ・フェルバー(Johann Jacob Ferber)らの博物学者と協力した。

ストラスブール博物館の展示物の画像[編集]