ジャンヌ・カルマン
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ジャンヌ=ルイーズ・カルマン
Jeanne-Louise Calment |
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40歳のジャンヌ・カルマン
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| 生誕 | 1875年2月21日 |
| 死没 | 1997年8月4日(満122歳没) |
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ジャンヌ=ルイーズ・カルマン(Jeanne-Louise Calment、1875年2月21日 - 1997年8月4日)は、人類史上(確実な証拠がある中で)最も長生きをした人物である。フランス人女性であるカルマンは122年と164日間生き、確実な証拠がある中で大還暦を迎えた史上唯一の人物である。
生涯 [編集]
フェンシングは85歳から始め、自転車は100歳まで乗った。ジャンヌ・カルマンの家族の多くは、比較的高齢まで生き、兄は97歳、父は99歳(1831年1月28日 - 1931年1月22日)、母は86歳(1838年2月20日 - 1924年9月18日)まで生きた。1896年にはとこのフェルナン・カルマン(Fernand Calment)と結婚した。夫(1942年没)、娘 (イヴォンヌ(Yvonne)、1934年没) と孫(1963年没、モーターバイク事故)を超えて長生きした。
1965年、相続人がいない状態の彼女は公証人フランソワ・ラフレー(François Raffray)(当時47歳)とフランスではよくあるリバースモーゲッジの契約をした。彼女はコンドミニウム・アパートメントを売る代わりに公証人は彼女に毎月一定金額(2500フラン)を払うという内容だった。契約をした90歳の時、彼女のアパートメントは10年分の支払いの価値があった。だが不運な事に1995年12月に公証人が77歳で他界しても彼女は生き続けた。よって、夫に先立たれた公証人の妻は毎月の支払いを続行しなければならなかった。結果、ラフレー夫婦はジャンヌ・カルマンの家に2倍以上の価格をトータルで払ったことになる。
ジャンヌ・カルマンは1985年に110歳で施設に移った。国際的に有名になったきっかけは、1988年にゴッホの百年記念の際、直接会った人としてインタビューを受けた時に、カルマンがゴッホの事を「汚くて、格好も性格も悪い人」だったと語った事であった。
インタビュー後、1989年に113歳で世界で最も長生きをしている人としてギネスブックに載った。だが同じ1989年から1991年の間、そのタイトルはキャリー・C・ホワイト(1874年11月18日 - 1991年2月14日)に奪われたとされた。1991年には116歳で史上最年長の女性になった。1995年10月17日、ついに120歳と238日で、ギネスが公認していた泉重千代[1]を超えて史上最年長の人になった。なお、現在ではホワイト、泉の両人ともギネスブックによってその記録は取り消されている[2]。
114歳の時に本人役で映画「Vincent and Me」に出演して史上最年長の女優にもなった。1995年にフランス語ドキュメンタリー「Beyond 120 Years with Jeanne Calment」がリリースされた。1996年に彼女が住んでいた施設はCD「Time's Mistress」をリリース。彼女の語りやラップなどがミックスされている。
彼女は自分が喫煙者であることを隠さず、117歳になるまで喫煙した。
長寿記録 [編集]
1993年3月21日、アメリカのルーシー・ハンナ(1875年7月16日生、当時117歳)の死去に伴い、1875年生まれの最後の生き残りとなる。さらに、1995年7月12日には日本の猪飼たね(1879年1月18日生、当時116歳)の死去に伴い、1870年代全体での最後の生き残りとなる。
1997年、122歳で亡くなり、カナダ人マリー・メイユール(1880年8月29日 - 1998年4月16日、当時116歳340日)に世界最年長の座を譲った。生存日数は44724日だった。
なお、彼女は日本の和暦では明治8年生まれであり、明治一桁生まれの最後の生き残りである。
脚注 [編集]
| 記録 | ||
|---|---|---|
| 先代: フローレンス・クナップ |
存命人物のうち世界最高齢 1988年1月11日 - 1997年8月4日 |
次代: マリー・メイユール |
| 先代: アウグスタ・ホルツ |
歴代の世界最高齢 1990年5月11日 - |
次代: (記録保持者) |
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