ジャンヌ・カルマン

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ジャンヌ=ルイーズ・カルマン
Jeanne-Louise Calment
40歳のジャンヌ・カルマン
生誕 1875年2月21日
フランスの旗 フランス共和国 アルル
死没 1997年8月4日(満122歳没)
フランスの旗 フランス アルル
死因 老衰
住居 フランスの旗 フランス アルル
国籍 フランスの旗 フランス
著名な実績 人類史上(確実な証拠がある中で)最も長生きをした人物
配偶者 フェルナン・カルマン(1868 – 1942)
子供 イヴォンヌ

父:ニコラ・カルマン(Nicolas Calment)[1]

母:マルグリット・ジル(Marguerite Gilles)[1]

ジャンヌ=ルイーズ・カルマンJeanne-Louise Calment1875年2月21日 - 1997年8月4日)は、人類史上(確実な証拠がある中で)最も長生きをした人物である。フランス人女性であるカルマンは122年と164日間生き、確実な証拠がある中で大還暦(120歳)を迎えた史上唯一の人物である。

生い立ち[編集]

ジャンヌ・カルマンの出生証明書

ジャンヌ・カルマンは1875年2月21日にフランスのアルルに生まれた。1876年の国勢調査で1歳と記録されている。彼女の両親の間には4人の子がおり(長女マリー、次女アントワーヌ、長男フランソワ及び三女ジャンヌ)、マリーとアントワーヌは幼少期に亡くなっている[1]

カルマンの記憶によると1888年、13歳の時に、当時アルルに来ていて父親の店に絵の具と鉛筆を買いに来た画家のフィンセント・ファン・ゴッホに出会ったという。[2]ゴッホはカルマンに会ってから2年後の1890年7月29日に亡くなった。

またエッフェル塔が建設されたこと、1885年のヴィクトル・ユーゴーの大規模な国葬が行われたことを記憶していた。

家族[編集]

彼女の家族の多くは、比較的高齢まで生き、兄は97歳、父は92歳(1838年1月28日 - 1931年1月22日)、母は86歳(1838年2月20日 - 1924年9月18日)まで生きた。[3]

1896年はとこのフェルナン・カルマン(Fernand Calment)と結婚した。夫(1942年没)、娘のイヴォンヌ(Yvonne、1898年1月20日 - 1934年1月19日)、娘の夫(ジョセフ・ビリオット大尉(Joseph Billot)、1891年3月5日 - 1963年1月25日)を超えて長生きした[1]

一人だけの孫、フレデリック・ビリオット(Frédéric Billiot、1926年12月23日 - 1963年8月13日)は医者になったが、モーターバイク事故に遭い36歳で亡くなった。

1895年(20歳)

1965年、相続人がいない状態の彼女は公証人フランソワ・ラフレー(François Raffray、当時47歳)とフランスではよくあるリバースモーゲッジの契約をした。彼女はコンドミニウム・アパートメントを売る代わりに公証人は彼女に毎月一定金額(2500フラン)を払うという内容だった。契約をした90歳の時、彼女のアパートメントは10年分の支払いの価値があった。1995年12月に公証人が77歳で他界しても彼女は生き続けた。よって、夫に先立たれた公証人の妻は毎月の支払いを続行しなければならなかった。結果、ラフレー夫婦はジャンヌ・カルマンの家に2倍以上の価格をトータルで払ったことになる[4]

記録[編集]

ジャンヌ・カルマン(1895年)
20歳代の写真

1987年12月27日アンナ・エリザ・ウィリアムズが死去し、ヨーロッパ最高齢、世界で2番目に高齢の人物となる。1988年1月11日に当時114歳93日だったフローレンス・ナップが死去し、存命人物での世界最高齢者となる。このときカルマンの年齢は112歳324日だったが、世界最高齢だとは認識されていなかった。

国際的に有名になったきっかけは、1988年ゴッホの百年記念の際、直接会った人としてインタビューを受けた時に、カルマンがゴッホのことを「汚くて、格好も性格も悪い人」だったと語ったことであった[4][5]

インタビュー後、1989年に113歳で世界で最も長生きである人としてギネスブックに載った。だが同じ1989年から1991年の間、そのタイトルはキャリー・C・ホワイト1874年11月18日 - 1991年2月14日)に奪われたとされた。1991年5月21日には116歳で史上最年長の女性になった。

1993年3月21日、アメリカのルーシー・ハンナ(1875年7月16日生、当時117歳)の死去に伴い、1875年生まれの最後の生き残りとなる。さらに、1995年7月12日には日本の猪飼たね(1879年1月18日生、当時116歳)の死去に伴い、1870年代全体での最後の生き残りとなる。

1995年10月17日、ついに120歳と238日で、ギネスが公認していた泉重千代[6]を超えて史上最年長の人になった。なお、現在ではホワイト、泉の両人ともギネスブックによってその記録は取り消されている[7]

死去[編集]

22歳(1897年)、死去の100年前。

1997年8月4日、老衰のため[8]122歳で亡くなり、カナダ人マリー・メイユール1880年8月29日 - 1998年4月16日、当時116歳340日)に世界最年長の座を譲った。生存日数は44724日だった。

カルマンに次ぐ世界歴代2番目の長寿者は、アメリカのサラ・ナウス1999年に119歳と97日で死去)である。彼女の年齢を上回っていると主張している人々が南アメリカ中国などに存在しているが、いずれも確証を得るには至っておらず、記録は破られていない[2]

健康とライフスタイル[編集]

フェンシングは85歳から始め、自転車は100歳まで乗った。[3]カルマンは1週間に1キログラムのチョコレートを食べていたという[5]。彼女は料理中に小さな火事が起こった事をきっかけにして、1985年に110歳で施設に移った。彼女は1990年1月(114歳11ヶ月)のときに大腿骨を骨折するまで歩くことができた。その際手術を受けた。これらの期間、彼女は「私はメトシェラと競合する」と喋っていたという。

114歳の時に本人役で映画「Vincent and Me」に出演して史上最年長の女優にもなった。[9]1995年にフランス語ドキュメンタリー「Beyond 120 Years with Jeanne Calment」がリリースされた。1996年に彼女が住んでいた施設はCD「Time's Mistress」をリリース。彼女の語りやラップなどがミックスされている。

彼女は自分が喫煙者であることを隠さず、20歳代から喫煙した。タバコに火をつけてくれる介護者のことを気遣って、117歳で禁煙したという[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d Yvonne Marie Nicole Calment Billiot (1898 - 1934) - Find A Grave Memorial Find a Grave (英語) 2014年5月24日閲覧。
  2. ^ a b Oldest person”. 2014年6月8日閲覧。 Guinness World Records (英語)
  3. ^ a b 史上最も長生きは仏人女性の122歳 117歳まで喫煙していた” (2014年4月29日). 2014年6月2日閲覧。
  4. ^ a b c Jeanne Calment, World's Elder, Dies at 122”. 2014年4月26日閲覧。 ニューヨーク・タイムズ、1997年8月5日 (英語)
  5. ^ a b World's oldest person dead McCook Daily Gazette (英語)
  6. ^ 1865年8月20日慶應元年6月29日) - 1986年(昭和61年)2月21日、生年の信憑性に疑問があることと、戸籍の不備を理由に、2012年版からギネスは泉の公認を取り消すことになった。
  7. ^ GRG Table C (2012) World's Oldest Person Titleholders (since 1955)”. ジェロントロジー・リサーチ・グループ. 2013年1月5日閲覧。 (英語)
  8. ^ Jeanne Calment – NNDB (英語) 2014年5月12日回覧。
  9. ^ クレイグ・グレンディ 『ギネス世界記録2014(Guinness world records)日本語版』、58頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

記録
先代:
フローレンス・ナップ
存命人物のうち世界最高齢
1988年1月11日 - 1997年8月4日
次代:
マリー・メイユール
先代:
アウグスタ・ホルツ
歴代の世界最高齢
1990年5月11日 -
次代:
(記録保持者)