ジャラーラーバード

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ジャラーラーバード
Jalalabad
アフガニスタンの旗
Jalalabad2007.JPG
座標 : 北緯34度31分 東経70度31分 / 北緯34.517度 東経70.517度 / 34.517; 70.517
行政
アフガニスタンの旗 アフガニスタン
  ナンガルハール州
ジャラーラーバード
人口
人口 (2007現在)
  域 205,423人
その他
等時帯 UTC+4:30
Jalalabad in Nangarhar Province.jpg

ジャラーラーバードパシュトー語: جلال آباد Jalālābād)は、アフガニスタン東部の都市である。カーブル川英語版クナル川英語版に隣接する、ナンガルハール州の州都である。 カーブルへは西に約90マイルの高速道路で結ばれており、ほぼ同距離を東に行くとパキスタンペシャーワルである。したがって、パキスタンからカイバル峠を越えてアフガニスタンに入国すると最初に遭遇する都市で、交通の要衝である。市内にナンガルハール大学英語版がある。人口は168,600人(2006年の公式推計[1])、アフガニスタン東部最大で、同国で第8位の都市である。

歴史[編集]

クシャーナ朝期にはガンダーラの仏教文化の中心地の1つだった。630年玄奘三蔵がインドに向かう途中に立ち寄った。7世紀アラブの支配を受けた。10世紀に入るとガズナ朝マフムードのインド侵攻を受け、その版図となる。その後、ムガル帝国バーブルがここに都市を建設することとし、アクバルによって今日のジャラーラーバードの基礎が作られた。

第一次アフガン戦争中の1842年イギリス軍は当地でバーラクザイ朝のアクバル・ハン(Akbar Khan)王子の軍勢に包囲された。1878年第二次アフガン戦争で英軍は再びジャラーラーバードへ進軍した。

1980年代1990年代は、親ソヴィエトの政権の勢力圏であったが、その後、ターリバーンがカーブルに侵攻する過程でターリバーンの手に落ちた。

現在、国連NATOの指導のもとに復興が進められているが、それとともにパキスタンから難民が戻っている。ジャラーラーバード空港をはじめ市内には多くの米軍施設がある。ジャラーラーバードは、パシュトゥーン人にとって最も重要な町の1つで、人口のほとんどをパシュトゥーン人が占め、3%ほどタジク人グジャール英語版がいるだけである。

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]