ジャック・ロジエ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジャック・ロジエ
Jacques Rozier
生年月日 1926年11月10日(88歳)
出生地 パリ
国籍 フランスの旗 フランス

ジャック・ロジエJacques Rozier1926年11月10日 パリ - )は、フランス映画監督ヌーヴェルヴァーグ初期の傑作『アデュー・フィリピーヌ』で知られる。

来歴・人物[編集]

1926年11月10日パリに生まれる。

IDHEC在学中、ジャン・ルノワールの助監督として映画界に入る。卒業後、1950年代に最初の短編映画を数本撮る。短編ドキュメンタリー『十代の夏』は当時日本で公開された唯一の作品であった。同作に注目したジャン=リュック・ゴダールが『勝手にしやがれ』のプロデューサー、ジョルジュ・ド・ボールガールに紹介し、実現したのが『アデュー・フィリピーヌ』である。

1960年、長編デビュー作『アデュー・フィリピーヌ』を撮影、2年のちにカンヌ国際映画祭に出品、ヌーヴェルヴァーグのキー要素であると考えられた。商業的成功のないまま5本の長編を演出したが、ロジエは、もっとも興味深いフランスの映画人と考えられた[1]。同作にはジャン=クロード・ブリアリミシェル・ピコリらヌーヴェルヴァーグ的俳優がテレビ局のシーンで登場し、ミシェル・ルグランの姉クリスチャンヌ・ルグランが歌手として登場する。ゴダールにとっても本作は重要なものとなり、のちに『JLG/自画像』(1995年)には「ロベルト - ジャック - ボリス - ニコラス」、つまりロベルト・ロッセリーニボリス・バルネットニコラス・レイとならべられ、それぞれの作品の音声が引用されるシーンがある。

1963年、9分の短編ドキュメンタリー『バルドー/ゴダール』を撮る。ゴダール『軽蔑』のメイキングで、ブリジット・バルドー、ゴダール、フリッツ・ラングジャック・パランス、ピコリにカプリ島で取材したもの。

1964年アンドレ・S・ラバルトジャニーヌ・バザンプロデュースによるテレビドキュメンタリーシリーズ『われらの時代のシネアストたち Cinéastes de notre temps』の『それ自身によるヌーヴェルヴァーグ La nouvelle vague par elle-même[2]』(ラバルト演出)に出演する。他の出演者は、ゴダール、アンリ・ラングロワクロード・シャブロルジャック・ドゥミジャン・ルーシュアニエス・ヴァルダジョルジュ・フランジュフランソワ・トリュフォージャック・リヴェットジャン=ダニエル・ポレラウール・クタールジャン=クロード・ドーファンアンナ・カリーナフランソワ・メーストル

同年、『われらの時代のシネアストたち』では、ロジエ自身も2本演出している。『ジャン・ヴィゴ』では、ミシェル・シモンジャン・ダステヴィゴ監督『アタラント号』の出演者たちに取材し、『ルイス・ブニュエル』では、ブニュエル本人が出演している。どちらも撮影は『アデュー・フィリピーヌ』のルネ・マトラン。

1965年、『カイエ・デュ・シネマ』誌の発表した「戦後20年間のフランス映画ベスト10」に『アデュー・フィリピーヌ』が選ばれる(10位)。1位はロベール・ブレッソンの『スリ』。ヌーヴェルヴァーグ作品は、ゴダール『カラビニエ』(6位)、アラン・レネ二十四時間の情事』(7位)と『ミュリエル』(9位)のみ。あとはルノワールとジャン・コクトーマックス・オフュルスの作品が占める。

1978年ベルリン国際映画祭審査員を務める。

1997年、映画作品の功績に対してアカデミー・フランセーズからルネ・クレール賞を授与。

2004年カンヌ国際映画祭国際批評家週間のプレジダンを務める。

現在、製作会社「アンティネア Antinea」社代表。所在地はパリ市リュリ街(rue Lulli)1番地。

引用[編集]

  • 「ロジエは今世紀において特異な存在である。彼は自制的な人間と考えられているが、それは誤りである。 彼は刹那的な人間であり、その生き方は映画の興行成績を左右する、脚本という名の独裁者の強制力とは全く相容れない不吉なものであった。」
ジャック・マンデルボーム『ジャック・ロジエの柔軟性を欠いた甘美さ』(『ル・モンド』、2001年9月1日)に抜粋された映画監督パスカル・トマのことば。

フィルモグラフィー[編集]

長編[編集]

主な短編[編集]

外部リンク[編集]

[編集]

  1. ^ 仏語版Wikipedia Jacques Rozierの項より。
  2. ^ 日本では『ヌーヴェルヴァーグ』というタイトルで東芝EMIからVHS版が1997年9月26日に発売されている。