ジャガー (自動車)

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最上級車種のXJ
最上級車種のXJ

ジャガー・カーズJaguar Cars、ジャギュア・カーズ、本社イングランド・コベントリー)はイギリス発祥の自動車メーカーで、2008年3月からはタタ・モーターズ・グループに属する。高級車スポーツカーを中心に製造している。

目次

[編集] 歴史

[編集] 設立

SS100
SS100

ウィリアム・ウォルムズレーが設立したスワロー・サイドカー・カンパニー1922年ウィリアム・ライオンズ(後に爵位を授与され サー・ウィリアム・ライオンズとなる)が入社、1928年コベントリーへ移転しライオンズが会長となる。この時点で社名はスワロー・サイドカー・アンド・コーチビルディング・カンパニーとなるが、さらに1934年、SSカーズ・リミテッドと社名を変更し、1935年にはジャガーが初めて付けられた「SSジャガー2.5」を発表。

第二次世界大戦後の1945年、社名の略称「SS」がナチス親衛隊を連想させる懸念から、ジャガーを社名とし再スタートをきった。

設立当初はその名のとおりサイドカーを中心に製造していたが、「SS」などの成功により、1930年代には自動車製造を企業の中核としていった。

[編集] 大戦後

第二次世界大戦後は、ル・マン24時間レースなどのモータースポーツで大活躍し、その名声を確固たるものにしていった。また、XKシリーズからEタイプ、スモールサルーンであるMk2などの人気により、世界最大の自動車市場であるアメリカ合衆国での販売で成功を収めたことで企業体制も磐石なものになった。1960年にはデイムラーを買収。

しかし、1966年にはウィリアム・ライオンズが会長職から退き、国営企業ブリティッシュ・レイランド(BL)と合併した。合併してからは生産される車の品質が落ち、しばらく冬の時代を迎えることになってしまう。その後、保守党マーガレット・サッチャー首相の民営化政策によって1984年民営化された。

[編集] 現在

その後1991年に、そのブランドイメージを高く評価したフォードグループの傘下に入り、フォードグループの高級車部門「プレミアム・オートモーティブ・グループ (PAG)」の一翼を担っている。長年、多くのジャガーファンに支えられ続けながら、会社再建の努力が続けられているものの、経営状況はなかなか改善されない。さらに、新型XKや最近発表されたSタイプの後継XFのデザインは長年の伝統を捨て去ったかのようなモダンなデザインとなっているため、新規顧客を取り込めるのではないかと期待される一方で、古くからのジャガーファンが離れていってしまうのではないかと心配する人も多い。

結局、フォードグループは自身の赤字からPAGブランドの各社を手放さざるをえなくなり、インドタタ・モーターズとジャガーおよびランドローバーの売却について交渉を進めた。結果、2008年3月26日にタタがフォードからジャガーおよびランドローバーを約23億ドルで買収した。[1]

[編集] 自動車作りにおける思想

ジャガー社の歴史は、もともとはオースチン・7のシャシーに、当時人気であったベントレーのようなスポーティーなボディを換装したモデルから始まっているので、高級車のレプリカから本物のステータスを手に入れるための歴史であったと言ってもよいだろう。ただし、その根底には常に創始者のサー・ウィリアム・ライオンズの「美しい物は売れる」という思想が流れている。

ジャガーは、戦後しばらくは、スポーツカー(GTカー)と高級サルーンの2つを分けて考えていたようで、ややスポーティーな味付けのされた小型サルーンであるMk-1,Mk-2の登場まではスポーツカー(XKシリーズおよびコンペティション用のC,D,E-Type)と高級サルーン(Jaguar Mk-VからMk-Xまである)の2本のラインナップで製造を行っていた。ライオンズは、レースはあくまで広告塔であり、採算が取れなければ特に参加する意味はないと思っていたようである。

上記2つの自動車のコンセプトは、いずれにせよ「アストンマーチンやベントレーよりもずっと安価で、同程度の性能を発揮できる車」ということであった。実際、未だにジャガーのGTカーおよびサルーンは、同程度のクラスの自動車に比べかなり安価である。ライバルより低コストを実現できた理由は、インテリアに使われるウッドパネルの厚みを減らす、コノリーレザーのランクを他社の採用する物より落とすなどしていたためである。

[編集] イギリス王室御用達

高級車では XJ1968年 - 現在)がトニー・ブレア首相の公用車にも選ばれている。また、エリザベス2世女王、エジンバラ公チャールズ皇太子からワラント(御用達指定)を下賜されている。

[編集] ハンドル

ジャガーはイギリス車なので当然、元々は右ハンドルである。しかし、日本人で自動車に詳しくない人は「外車=左ハンドル」という認識を持っていることが多く、輸出用(右側走行国向け)の左ハンドルのジャガー(正規輸入モデルではXJ、XKに設定)に乗っている人が意外と多い。ディーラーも交通事情にあわせ右ハンドル車を販売するところと、前述の理由から外車らしくみせる為あるいは他の左ハンドル車からの乗り換えの際違和感がないようにとの理由で意図的に左ハンドル車を販売するところがある。これは現在のロールス・ロイスベントレー(クラシック)ミニでも見られた現象であった。

[編集] 車種一覧

Xタイプ
Xタイプ
Sタイプ
Sタイプ
XK コンバーチブル
XK コンバーチブル
Eタイプ
Eタイプ

[編集] 現行モデル

[編集] デイムラー

ここではジャガー傘下に入ってからのモデルを挙げる。

[編集] 絶版モデル

[編集] モータースポーツ

[編集] スポーツカーレース

ジャガーは1950年代から、スポーツカーレース、特にル・マン24時間レースで活躍した。1951年1953年Cタイプで、1955年から1957年までDタイプで総合優勝した。その後レースから遠ざかっていたが、1980年代中盤にトム・ウォーキンショー率いるTWR チームがジャガーのV12エンジンを使った耐久スポーツカーレース用の車を設計した。TWRチームは1988年1990年のル・マンで総合優勝した。

[編集] F1

詳細はジャガー・レーシングを参照

[編集] 日本でのビジネス

幾つかのインポーターの変遷を経て1986年西武百貨店との共同出資で日本法人「ジャガージャパン株式会社」が設立された。その後1999年、西武百貨店が資本を撤退しジャガー・カーズ単独でジャガージャパンが運営されていたが、フォードPAGグループの発足に伴い、日本国内のPAGブランドの統括法人「ピー・エー・ジーインポート」と合併することとなった。

2001年以降現在、日本国内でのジャガービジネスは「ピー・エー・ジーインポート」が統括している。同じPAGブランドのランドローバーと営業部門を統合し、独立店舗の他にも両ブランドの複合ショールームを展開している。

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ



ブリティッシュ・レイランド の盛衰 - 自動車会社とブランド
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デイムラー デイムラー BSA BSA
ランチェスター ランチェスター
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MG モーリス・ガレージ (MG) BMW MGR 南京汽車
モーリス モーリス モーリス
ウーズレー ウーズレー[2]
オースチン オースチン オースチン
バンデン・プラ バンデン・プラ フォード [3]
ローバー ローバー ローバー ローバー BMW/MGR フォード [4]
ランドローバー フォード
アルビス アルビス[5] BAEシステムズ
スタンダード スタンダード スタンダード・トライアンフ レイランド BMW/トライアンフ[6]
トライアンフ ドーソン トライアンフ