ジャガー・XJ13

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XJ13

ジャガー・XJ13とは、イギリスジャガーが1960年代中ごろにル・マン24時間レース参戦を目的として開発し1967年に完成[1]したプロトタイプレーシングカーである。

ジャガーの最初のミッドシップ式のV型12気筒エンジンのレースカーであり、1台だけが製作されたが、実際にレースに参戦することはなかった。

開発[編集]

V12エンジン

ジャガーでは1960年からDタイプに代わるミッドエンジン・リアドライブ[1]方式のプロトタイプ・レーシングカーの開発が議論されていた。しかし経営難により、設計が終了しても1年余り開発に着手されずにいた。結局開発が始まったのが1965年からで、1966年3月に初めての試作車となるXJ13が完成した。

XJ13の流麗なアルミ製ボディを開発したのはCタイプ・Dタイプ・EタイプXJSの開発にも携わったマルコム・セイヤー(Malcolm Sayer )とマイク・キンバリー[2]で、Eタイプなどとのデザイン近似性がある[2]。テールライトはEタイプシリーズ1からの流用[2]

エンジンは新開発のV型12気筒5.0LDOHCエンジンがミッドシップレイアウトで搭載された。ジャガーは1955年ごろから、レース用のV型12気筒エンジンとそれのロードゴーイングバージョンの開発を考えており、1964年に開発されたこのエンジンは基本的に6気筒のXKエンジン2つを共通のクランクシャフトでつなぎ合わせ、バルブの角度や吸気ポートなどいくつかのパーツが異なる設計のものだった。最高出力は502hp[1]で、当時活躍していた同クラスのフォード・MarkIVフェラーリ・330P4と互角に渡り合える能力を秘めていたはずだった。

計画の終焉[編集]

ジャガーはXJ13で1967年にル・マン復帰を決定し、密かにテスト走行も行われていた。しかしル・マン参戦を控えていた1967年初めに突然この計画は中止となった。これは当時ブリティッシュ・モーター・コーポレーション (BMC) との合併騒動でレーシング活動そのものが停止されてしまったためであった。さらに当時直6エンジンを搭載したEタイプの販売が極めて好調であったことから、当時の代表であったウィリアム・ライオンズはV型12気筒エンジンの存在が外部に漏れることを恐れ、XJ13のサーキット走行を禁止してしまった。

それでもXJ13の開発継続を望む当時の車両実験部チーフのビル・ヘインズは、ライオンズに何度も走行実験の実施を進言したものの拒否され続けていた。

そしてヘインズは当時の部下でチーフテストドライバーだったノーマン・デヴィスとともに、1967年のある日に許可なくXJ13のテスト走行をMIRAテストセンターの高速周回路で行った。そのときのXJ13は最高速度175mphを記録し、さらにこのコースのラップレコードまで打ち立てるという予想外の好成績を記録した。

ヘインズが無許可でXJ13のテストを行っていたことは間もなく関係者のあいだで噂になり、数日後ヘインズとデヴィスがライオンズに呼び出されて叱責されたが、ヘインズとデヴィスの説得によって最終的に「作業は休日のみ」という条件付きでXJ13の開発続行が認められた。

しかしそれでもXJ13の開発のためには時間と資金が足りず、さらにXJ13のシャーシに問題があることが発覚してまたも開発は頓挫する。それに追い打ちをかけるかのように、1967年夏に国際自動車連盟 (FIA) は翌1968年度からグループ6プロトタイプレーシングカーの最大排気量を3.0リッターに制限するルール変更を発表した。これによってXJ13はグループ6としてレースに参戦することが不可能となった。

こうしてXJ13は完全にレースでの活躍の場を失い、開発中止を申し渡された。

クラッシュ、そして修復[編集]

その後1971年、翌年からEタイプにV型12気筒エンジンが搭載されることが決定した。このV型12気筒エンジンはXJ13用に開発された元のエンジンの性能を意図的に落として、DOHCからSOHCに仕様変更したものであった。そこでジャガー首脳陣は倉庫に保管されていたXJ13を販売促進用のプロモーションに利用することを思いついた。

1972年1月20日、プロモーションビデオ撮影のためにXJ13はデヴィスが運転してMIRAのサーキットを再び走行することとなった。しかし長い間メンテナンスもされずに倉庫にしまわれていたXJ13は、140mph(225km/h)でバンク走行中にリアホイールが疲労限界に達して破損し、それによってコントロールを失いクラッシュしてしまった。幸いデヴィスは無事だったが、クラッシュしたXJ13は大破してしまった。

XJ13のクラッシュを目の当たりにした関係者は、苦労して開発したXJ13をそのまま処分する気になれず、修復を決意した。シャーシはオリジナルの図面と治具をもとに正確に修復され、ボディも残存していた木型を使って新たに作られた。型が廃棄されて修復不可能になったマグネシウム[2]ホイールは、似たような形状のものを見つけて加工して取り付けた。そして2年後、XJ13はほとんど完全な形で修復された。

修復されたXJ13は今、コヴェントリーのジャガー本社工場内にある資料館「ジャガー・ダイムラー・ヘリテイジ・トラスト」(JAGUAR DAIMLER HERITAGE TRUST) に保管されている。レースでの活躍は結局叶わなかったが、流麗なデザインとその悲劇的な開発経緯から人気は高く、今でも各地のイベントでその姿を見ることができる。

ゲーム[編集]

2010年11月25日に発売されたグランツーリスモ5に収録されている。

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c 『ワールド・カー・ガイド12ジャガー』pp.113-128「スペシャル・セレクション」。
  2. ^ 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「worldcarguide12-120」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません

参考文献[編集]