ジャウメ2世 (マヨルカ王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジャウメ2世と考えられている人物画

ジャウメ2世カタルーニャ語Jaume II, 1243年 - 1311年)は、マヨルカ国王およびモンペリエの領主(在位:1276年 - 1311年)。アラゴンハイメ1世とその王妃であったハンガリーアンドラーシュ2世の王女ビオランテ(ヨラーン)の次男。

1276年、父王の死去によりジャウメはバレアレス諸島の3つの島(マジョルカ島イビサ島フォルメンテーラ島)、ルシヨン伯領とサルダーニャ伯領、モンペリエの統治権、オメラデス(Omeladès)男爵領、カルラデス(Carladès)子爵領を継承し、さらに当時まだイスラム領であったメノルカ島からの貢納も獲得した。

アラゴン王には兄ペドロ3世が即いていたが、マヨルカ王にしてアラゴンの家臣というジャウメ2世の地位はペドロ3世との対立を招いた。ジャウメ2世はローマ教皇マルティヌス4世や姉イサベルの夫であったフランスフィリップ3世と同盟して兵を起こしたが、1285年フォルミーガス(Formigues)諸島の戦いスペイン語版で敗れた。ペドロ3世はバレアレス諸島を征服・併合したが1285年に死去、1295年には甥のハイメ2世がバレアレス諸島をジャウメ2世に返還した。その後、ジャウメ2世は内政に専念、都市を再建し、農業を奨励し、防備を固め、経済を発展させた。

ジャウメ2世は1275年フォワロジェ4世の娘エスクララムンダ・ド・フォワと結婚し、3男3女をもうけた。1311年にジャウメ2世が死去した時に長男ジャウメは聖職に就いていた為、次男サンチョ1世が王位を嗣いだ。

関連項目[編集]

先代:
ジャウメ1世(征服王)
マヨルカ王
1276年 - 1311年
次代:
サンチョ1世