ジャネット・クック

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ジミーの世界から転送)
ジャネット・クック
Janet Cooke
生誕 Janet Leslie Cooke
(1954-07-23) 1954年7月23日(69歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 オハイオ州トレド
教育 トレド大学英語版 (B.A.)
職業ジャーナリスト
代表経歴 ワシントン・ポスト
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ジャネット・レスリー・クック(Janet Leslie Cooke、1954年7月23日 - )は、アメリカ合衆国の元ジャーナリストである。

1981年に『ワシントン・ポスト』に書いた記事でピューリッツァー賞を受賞したが、後にこれは捏造記事であることが判明した。クックは記事の捏造を認め、ピューリッツァー賞を返上した。これまでで、ピューリッツァー賞の返上はこれが唯一である[1]

捏造記事スキャンダル[編集]

1980年、クックはヴィヴィアン・アプリン=ブラウンリー編集長の下で、『ワシントン・ポスト』のウィークリー部門のスタッフとなった。クックはヴァッサー大学で学士、トレド大学英語版で修士の学位を取得し、『トレド・ブレイド英語版』紙に在籍中にジャーナリズム賞を受賞していたと主張していた。しかし実際には、クックはヴァッサー大学には1年間通っただけであり、取得した学位はトレド大学の学士だけだった[2]

『ワシントン・ポスト』1980年9月28日号に掲載された記事「ジミーの世界」(Jimmy's World)[3][2]で、クックは8歳のヘロイン中毒の少年・ジミーのことを書いた[4]。クックは、「彼の細い茶色の腕の赤ちゃんのような滑らかな肌に、注射針の跡がそばかすのようについている」と書いている。この記事は、当時のワシントンD.C.市長マリオン・バリー英語版をはじめとする読者の共感を呼んだ。バリーはワシントンD.C.の警察に、ジミーを保護するために大捜索を行わせたが、少年を発見することはできず、市長や警察はこの記事の内容に疑念を抱くようになった。しかしバリーは、世論の圧力に応じて、ジミーは市によって保護され治療を受けていると答え、その後まもなくジミーの死亡が発表された[5]

ポスト紙のスタッフの中にもこの記事の信憑性を疑う者はいたが、会社はこの記事を擁護し、ボブ・ウッドワード副編集長はこの記事をピューリッツァー賞に応募した。1981年4月13日、クックはピューリッツァー賞 特集記事部門英語版を受賞した[6]

クックが以前働いていた『トレド・ブレイド』紙の編集者がクックの経歴書を読んで、その矛盾に気がついた。さらに調査を進めると、クックの学歴が誇張されていることが判明した。ポスト紙の編集者に圧力をかけられたクックは、自分の不正行為を告白した。

賞の授与の2日後、ポスト紙発行人のドナルド・E・グラハムが記者会見を開き、この記事の内容が虚偽であったことを認めた。翌日の紙面の社説では、公開謝罪を申し出た。ウッドワード副編集長は当時、次のように語った。

私はそれを信じて公表しました。公式には疑問視されていましたが、私たちはその記事と彼女を支持しました。内部で疑問が提起されていましたが、彼女の他の仕事については何もありませんでした。報告は、この記事が正しいとは思えないこと、匿名の情報源に基づいていること、そして主に彼女の個人生活についての嘘とされていること――彼女が付き合っていた2人と、彼女と親しい間柄であると感じていた1人(の3人の報告者が語った物)――についてのものでした。私は、この記事をピューリッツァー賞にノミネートするという決定は、最小限の影響しかないと思います。また、この記事が受賞したことも、ほとんど重要ではないと思います。これは素晴らしい記事です――それは偽物であり詐称です。私や他の編集者が、賞にノミネートされた記事の信憑性や正確性を審査するのは、不条理なことだと思います[7]

クックは会社を退職して賞を返上した。これについてガブリエル・ガルシア=マルケスは、「彼女がピューリッツァー賞を受賞したのは不公平だったが、ノーベル文学賞を受賞しなかったのも不公平だった」と述べている。この年のピューリッツァー賞特集記事部門はその後、次点だった『ヴィレッジ・ヴォイス』のテレサ・カーペンター英語版に再授与された[6]。クックは1982年1月にフィル・ドナヒュー英語版の番組に出演し、ポスト紙の高圧的な環境が彼女の判断を堕落させたと語った。クックは記事に登場するような少年の存在を情報源からほのめかされていたが、その少年を見つけることができず、最終的に編集長を満足させるために、ジミーという少年を捏造して記事を作成したと語った。

1996年、クックは、元恋人でポスト紙の同僚でもある『GQ』の記者マイク・セイガー英語版に、「ジミーの世界」のエピソードについてインタビューした[8]。クックとセイガーはこのエピソードの映画化権をトライスター ピクチャーズに160万ドルで売却したが、映画化のプロジェクトは脚本の段階でストップした[9][10]。2016年時点で、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー英語版』に対しセイガーは「彼女はアメリカ合衆国本土において、主に執筆に関与しない仕事に従事している」と書いている[11]

2020年、ジャネット・モックのプロデュース・脚本・監督によりNetflixオリジナル映画としてジャネット・クックの物語『ジャネット』が制作されることが発表された[12]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Panel Mulls Revoking Pulitzer” (2003年6月11日). 2016年4月3日閲覧。
  2. ^ a b Green, Bill (April 16, 1981). “The Players: It Wasn't a Game”. The Washington Post. http://academics.smcvt.edu/dmindich/Jimmy%27s%20World.htm. 
  3. ^ Cooke, Janet (1980年9月28日). “Jimmy's World”. Washington Post. 2016年7月9日閲覧。
  4. ^ Collection: Charles Seib papers | Archival Collections”. archives.lib.umd.edu. 2021年2月11日閲覧。
  5. ^ Bradlee, Benjamin C. (1996). A Good Life: Newspapering and Other Adventures. New York: Touchstone. https://archive.org/details/goodlife00benb 
  6. ^ a b "Feature Writing". The Pulitzer Prizes. Retrieved 2013-10-28.
  7. ^ Green, Bill (1981年4月19日). “THE PRIZE: Of Fiefdoms and Their Knights and Ladies of Adventure”. The Washington Post. p. A14. http://academics.smcvt.edu/dmindich/Jimmy's%20World.htm 2018年9月14日閲覧. "I think that the decision to nominate the story for a Pulitzer is of minimal consequence. I also think that it won is of little consequence. It is a brilliant story—fake and fraud that it is. It would be absurd for me or any other editor to review the authenticity or accuracy of stories that are nominated for prizes." 
  8. ^ Sager, Mike. Scary Monsters and Super Freaks: Stories of Sex, Drugs, Rock 'N' Roll and Murder. Thunder's Mouth Press, 2004. ISBN 1-56025-563-3
  9. ^ Dutka, Elaine (1996年5月28日). “Janet Cooke's Life: The Picture-Perfect Tale : The Saga of the Pulitzer Prize Hoaxer Proves to Be a Big Lure to Hollywood--and the Ex-Reporter Resurfaces to Tell Her Story”. Los Angeles Times. http://articles.latimes.com/1996-05-28/entertainment/ca-9096_1_janet-cooke 2013年1月18日閲覧。 
  10. ^ Prince, Richard (2010年10月1日). “Janet Cooke's Hoax Still Resonates After 30 Years”. The Root. オリジナルの2010年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101006084346/http://www.theroot.com/blogs/pulitzer-prize/janet-cookes-hoax-still-resonates-after-30-years 2013年1月18日閲覧。 
  11. ^ “The fabulist who changed journalism”. Columbia Journalism Review. (Spring 2016). https://www.cjr.org/the_feature/the_fabulist_who_changed_journalism.php 2018年10月1日閲覧。. 
  12. ^ Janet Mock & Ryan Murphy Team On Netflix Film About Former Washington Post Journalist Janet Cooke”. Deadline Hollywood (2020年2月27日). 2021年2月25日閲覧。

参考文献[編集]