ジェームズ・ミッチェル (マネージャー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジェームズ・ミッチェル
ジェームズ・ミッチェルの画像
プロフィール
リングネーム "ファーザー" ジェームズ・ミッチェル
"デビル" ジム・ミッチェル
シニスター・ミニスター
ダリル・ヴァン・ホーン
ジェームズ・ヴァンデンバーグ
本名 ジェームズ・アイザック・ミッチェル
ニックネーム 悪魔の司祭
身長 175cm
体重 95kg
誕生日 1965年2月26日(49歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州オーランド
トレーナー ジン・アンダーソン
デビュー 1989年
テンプレートを表示

ジェームズ・アイザック・ミッチェルJames Isaac Mitchell1965年2月26日 - )は、アメリカ合衆国プロレスマネージャー

悪徳マネージャーとしてヒールの選手をサポートし、対戦相手のベビーフェイスが攻撃を受け苦悶する姿を見て楽しむサディスト・キャラクターを演じている。

来歴[編集]

ザ・グレート・カブキなどのマネージャーとして活躍したゲーリー・ハートの影響を受け[1]1989年にプロレス業界にデビュー。カロライナ地区のインディー団体を経て、ジム・コルネットの主宰するスモーキー・マウンテン・レスリングにてダリル・ヴァン・ホーンDaryl Van Horne)の名で活動[2]1990年代中盤からはジェームズ・ヴァンデンバーグJames Vandenberg)と改名してWCWに登場、モーティス&ラスの怪奇派コンビなどを担当した。

2000年より、シニスター・ミニスターThe Sinister Minister)を名乗ってECWに登場。タジリ&マイキー・ウィプレックのアンホリー・アライアンスのマネージャーを務め、フル・ブラッデッド・イタリアンズとの抗争を指揮した。なお、ECWではテレビ番組 "ECW on TNN" において、『ハリウッド・ナイトメア』のクリプト・キーパーを意識したストーリーテラーも兼任した。

ECW崩壊後の2002年6月、ファーザー・ジェームズ・ミッチェル"Father" James Mitchell)の名義でTNAに参戦。マリスバンピーロマイク・オーサムブライアン・リーなどを配下に、ディサイプルズ・オブ・ザ・ニューチャーチ(Disciples of The New Church)なるヒール・ユニットを組織した[3]

ニュー・チャーチ解散後は一時TNAを離れ、2005年6月12日にWWEが開催した『ECWワン・ナイト・スタンド』にタジリのセコンドとして登場。同年7月よりTNAに復帰してアビスのマネージャーとなったが、アビスは徐々にミッチェルに逆らうようになり、最後には仲間割れした。以降、ジューダス・メシアスのマネージャーを経て、2008年7月にTNAを解雇された。

担当選手[編集]

 etc.

脚注[編集]

  1. ^ James Mitchell: Still in the picture”. SLAM! Wrestling: August 29, 2007. 2011年3月19日閲覧。
  2. ^ James Mitchell not so sinister”. SLAM! Wrestling: October 26, 2005. 2011年3月19日閲覧。
  3. ^ Faction Profiles: Disciples of the New Church”. Online World of Wrestling. 2011年3月19日閲覧。

外部リンク[編集]