ジェームズ・スミソン

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ジェームズ・スミソン
1816年の肖像(ヘンリー・ジョセフ・ジョーンズ画)
ワシントン・国立肖像画美術館
人物情報
生誕 1765年
フランスの旗 フランス パリ
死没 1829年6月27日
イタリア ジェノヴァ
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身校 オックスフォード大学・ペンブルック・カレッジ
学問
研究分野 鉱物学化学
プロジェクト:人物伝
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ジェームズ・スミソン(James Smithson, 1765年 - 1829年6月27日)は、鉱物学化学の分野における功績の他に、自身の全遺産アメリカ合衆国政府に寄付し、スミソニアン協会設立の基金となったことで有名である。

生涯はあまり詳しく分かっていない。彼の研究ノートや科学コレクション、日記と手紙は1865年にスミソニアン博物館本部ビルの火事で失われた。

イギリスノーサンバランド公ヒュー・パーシー私生児という立場で生まれ、後にを父方に変更し、貴族として認知された。

スミソンは生涯独身であり、正式な財産相続人がなく、その意思により遺産はアメリカ合衆国に寄付され、1836年アメリカ合衆国議会に承認され受け入れられた。

生涯アメリカ合衆国を訪問したことがなかったが、死後その意志により、遺骸のみアメリカ合衆国上陸を果たしている。棺はワシントンD.C.にあるスミソニアン協会本部ビル一階に安置されており、自由に拝観することができる。

菱亜鉛鉱(smithsonite、ZnCO3)は当時「カラミン」と呼ばれて同一視されていた異極鉱とこの鉱物とを別の鉱物だと分析したスミソンの名に由来する。

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