ジェラルド・グリーン
| ジェラルド・グリーン Gerald Green インディアナ・ペイサーズ No.25 |
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|---|---|
| 名前 | |
| 本名 | Gerald Green Jr. |
| ラテン文字 | Gerald Green |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1986年1月26日(27歳) |
| 出身地 | テキサス州ヒューストン |
| 身長 | 203cm |
| 体重 | 91kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | SG/SF |
| 背番号 | 25 |
| ドラフト | 2005年 全体18位 |
| 経歴 | |
| 2005-2007 2007-2008 2008 2008-2009 2009-2010 2010-2011 2011 2011-2012 2012 2012- |
ボストン・セルティックス ミネソタ・ティンバーウルブズ ヒューストン・ロケッツ ダラス・マーベリックス PBCロコモティフ・キューバン(ロシア) BC Krasnye Krylia(ロシア) 陝西キリンズ ロサンゼルス・ディーフェンダーズ(Dリーグ) ニュージャージー・ネッツ インディアナ・ペイサーズ |
ジェラルド・グリーン(Gerald Green Jr., 1986年1月26日 - )はアメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身のバスケットボール選手。NBAのインディアナ・ペイサーズ所属。スラムダンク王に輝いた経歴を持つ。ポジションはシューティングガード、スモールフォワード。203cm、91kg。
経歴 [編集]
グリーンが本格的にバスケットボールに取り組み始めたのは高校生になってからだが、Gulf Shores Academyでは一度留年を経験するなど、彼のバスケット生活はしばしば学業に足を引っ張られた。彼が高校4年生の時には33得点12リバウンド7アシスト3ブロックのアベレージを残し、マクドナルド後援のオールアメリカンチームに選出された。
大学には進学せず、2005年のNBAドラフトでボストン・セルティックスから1巡目18位で指名を受けてNBA入りを果たすものの、すぐにDリーグ送りとなり、シーズンの半分以上をフェイエットビル・ペイトリオッツで過ごした。そして2006年2月3日のロサンゼルス・クリッパーズ戦で初めてNBAのコートを踏む。ルーキーイヤーは32試合に出場し、5.2得点1.3リバウンドの成績に終わった。
2006-2007シーズンには81試合に出場、10.5得点2.6リバウンドのアベレージを残し、2007年4月10日のアトランタ・ホークス戦では初の30得点オーバーとなる33得点をあげた。1月にチームのエースであるポール・ピアースが怪我でチームを離れた際には先発に起用され、主に得点面で活躍したものの、チームは悪夢の18連敗を記録する。またスラムダンクコンテストに出場し、前スラムダンク王のネイト・ロビンソンを手で目隠しをして飛び越えてダンクを決めるなどのパフォーマンスを披露し、優勝を果たした。同年7月31日、ケビン・ガーネットとのトレードにより、グリーンを含む5選手と共にミネソタ・ティンバーウルブズへ移籍した。
ウルブズでは満足のいく出場時間を得られぬまま、07-08シーズン途中に生まれ故郷の、ヒューストン・ロケッツにトレードされるも、わずか1試合で解雇、08-09シーズンにダラス・マーベリックスでプレイしたのち、NBAを離れる。
その後ロシア、中国を経てNBA、ニュージャージー・ネッツに加入しNBA復帰。
11-12シーズン3月には、ブレイク・グリフィンやレブロン・ジェームズらを抑え年間ベストダンクに選ばれた、驚異的な跳躍力を駆使したアリウープを披露。 スラムダンクコンテスト優勝者として存在感を示すとともに、今なお現役最高のダンカーの一人としてファンを魅了し続けている。
2012年7月12日、インディアナ・ペイサーズに移籍した。
外部リンク [編集]
- NBA.com (英語)
- Basketball-Reference.com (英語)
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