ジェイン・エア (1996年の映画)

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ジェイン・エア
Jane Eyre
監督 フランコ・ゼフィレッリ
脚本 ヒュー・ホイットモア
フランコ・ゼフィレッリ
原作 シャーロット・ブロンテ
製作 ダイソン・ラヴェル
共同製作
ジョヴァネーラ・ザノーニ
ジャン=フランソワ・ルプティ
製作総指揮 ガイ・イースト[1]
リカルド・トッツィ[1]
出演者 シャルロット・ゲンズブール
アンナ・パキン
音楽 アレッシオ・ヴラド
クラウディオ・カポーニ
撮影 デヴィッド・ワトキン
編集 リチャード・マーデン
製作会社 Cineritino S.r.L.
Flach Film
Mediaset
ミラマックス
RCS Editori S.p.A.
Rochester
配給 アメリカ合衆国の旗 ミラマックス
日本の旗 ギャガ・コミュニケーションズ/ヒューマックス
公開 アメリカ合衆国の旗 1996年4月12日
日本の旗 1996年4月20日
フランスの旗 1996年6月26日
イギリスの旗 1996年9月27日
上映時間 113分
製作国 フランスの旗 フランス
イタリアの旗 イタリア
イギリスの旗 イギリス
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
フランス語
興行収入 アメリカ合衆国の旗カナダの旗 $5,200,601[2]
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ジェイン・エア』(Jane Eyre)は、1996年フランスイタリアイギリスアメリカ合作のドラマ映画。シャーロット・ブロンテ同名小説を映画化。

ストーリー[編集]

舞台は19世紀のイギリス。生後すぐに両親を失ったジェイン・エアは、叔父であるリード氏の屋敷で育ったが、リード夫人と子供たちはジェインを激しく差別した。リード氏の死後、夫人は直ちにジェインを全寮制の女学校に追いやった。

19世紀の女性としては珍しいほど臆せず率直に発言するジェインは、厳格で古風な女学校でも虐げられた。親しくなったのは優しいテンプル先生と、同級生のヘレンだけだったが、ヘレンは結核で亡くなってしまった。冷酷な校長たちは、咳き込むヘレンを医者に見せようともしなかったのだ。

女学校で成長し、最後の2年間は教師として務めた後、ジェインは家庭教師の職を得て、離れがたいテンプル先生に別れを告げた。フランスから貴族のロチェスターに引き取られて来た、アデールという少女の教師として雇われたのだ。

ロチェスターとアデールが住むソーンフィールド邸は豪華だが寂しい館で、使用人も少なかった。館の中では、時おり不気味な笑い声が響き、客のメイソンが何者かに刺されるなどの不審事が続いた。事が起こるたびにジェインに助けられるロチェスター。やがて二人は身分を超えて惹かれあい、ロチェスターはジェインに結婚を申し込んだ。

純白の花嫁衣装で結婚式に臨むジェイン。だが、メイソンが異議を申し立て、式は中断された。妹のバーサこそがロチェスターの妻であると主張するメイソン。ロチェスターは父親に強制された政略結婚で、精神に異常のあるバーサを妻としていたのだ。バーサが今もソーンフィールド邸に幽閉されていることを知ったジェインは、花嫁衣装を脱ぎ、館を後にした。

牧師の一家であるリヴァース家に身を寄せたジェインは、自分が親戚から莫大な遺産を相続したことを聞かされる。静かな新生活の中でもロチェスターを忘れられないジェインは、たまらずソーンフィールド邸に戻り、そこで初めて館の火事を知った。失明し弱気になったロチェスターに対して、ジェインは変わらぬ愛を語り、バーサの死を知る前に、友としてでも館に残ることを誓うのだった。

キャスト[編集]

原作との違い[編集]

牧師のジョン・リヴァースと妹(メアリーのみ)は、リード夫人の懺悔の場面に登場し、後にソーンフィールド邸から出奔したジェインと再会する。ジェインが吹雪の中で行き倒れかける場面と、ジョンがジェインに求婚するエピソードは描かれず、ジェインがソーンフィールド邸を出た後の展開はかなり端折られている。ジェインが館の火事を知る場面も、ロチェスターとの再会時にまとめられ、結婚後の展開はジェインの独白で短く語られる。ローウッド学院の改善については触れられていない。

参考文献[編集]

  1. ^ a b クレジットなし。Jane Eyre (1996) - Full cast and crew” (英語). IMDb. 2012年5月1日閲覧。
  2. ^ Jane Eyre (1996)” (英語). Box Office Mojo. 2012年5月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]