ジェイソン・バリテック
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| ボストン・レッドソックス #33 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1972年4月11日(37歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188cm 230 lb =約104.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投両打 |
| 守備位置 | 捕手 |
| プロ入り | 1994年 MLBドラフト1巡目(全体14位)でシアトル・マリナーズから指名 |
| 初出場 | 1997年9月24日 タイガース戦 |
| 年俸 | 10,442,030ドル(2008年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| 五輪 | 1992年 |
| WBC | 2006年、2009年 |
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この表について
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ジェイソン・アンドリュー・バリテック(Jason Andrew Varitek, 1972年4月11日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ロチェスター出身の野球選手。捕手、右投両打。愛称はTek(テック)。
レッドソックスのキャプテン。肩は強くないが、ボールを後ろに逸らさないボールブロックやクロスプレー時のブロックの上手さ、そしてメジャー屈指のリードには定評がある。
目次 |
[編集] 経歴
ジョージア工科大学時代には、カレッジベースボール最優秀選手に3度選出されている。1992年のバルセロナオリンピックには、同校のチームメイトであるノマー・ガルシアパーラと共に米国代表として出場した。また、ジョージア工科大学時代、ガルシアパーラの他、ジェイ・ペイトンともチームメイトだった。1993年にドラフト1巡目(全体21位)でミネソタ・ツインズから指名されたが、入団契約を拒否。翌1994年にゴールデンスパイク賞を受賞し、ドラフトではシアトル・マリナーズから1巡目(全体14位)指名され、1995年4月20日に入団契約を交わした。
1997年7月31日にヒースクリフ・スローカムとのトレードで、デレク・ロウとともにボストン・レッドソックスに移籍する。この年の9月24日にメジャーデビューするが、出場はこの1試合のみにとどまる。翌1998年には86試合に出場。そして1999年にレギュラーを獲得し、144試合に出場する。
2004年には自己最高の打率.296・18本塁打・73打点を記録。また守備面でもペドロ・マルティネスやカート・シリングらをリードし、チームを86年ぶりの世界一へ導いた。シーズン後にはフリーエージェントを宣言。チームにはバリテックのほかにペドロ・マルティネスやデレク・ロウなどの主力選手もFA宣言したが、球団はバリテックの再契約を最優先させ、4年総額4000万ドルの契約が成立[2]。同時にカール・ヤストレムスキー、ジム・ライスに次ぐチーム3代目キャプテンに任命された。そのためバリテックのユニフォームにはキャプテンであることを示す "C" のマークが左胸部分に入っている。
2005年にはゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を同時受賞し、リーグを代表する捕手となった。2006年にはワールド・ベースボール・クラシック・アメリカ合衆国代表にも選出されている。しかしレギュラーシーズンでは7月31日にヒザの軟骨損傷[3]で9月3日まで故障者リスト入りとなり、その間チームは11勝22敗と低迷。
2008年は打率.220・13本塁打・43打点と低迷。4年契約を満了し、シーズン終了後にFAを宣言。2009年1月30日に1年総額500万ドル(2年目は球団が500万ドルのオプション、バリテックが300万ドルのオプション)で合意したと報じられた[4]。
[編集] 選手としての特徴
投手から力を引き出すことがうまく、バリテックが守備に就いた時の防御率が他の捕手よりも良いことで知られる[5]。野茂英雄(2001年4月4日、オリオールズ戦)、デレク・ロウ(2002年4月27日、デビルレイズ戦)、クレイ・バックホルツ(2007年9月1日、オリオールズ戦)、ジョン・レスター(2008年5月19日、ロイヤルズ戦)と、メジャー最多記録となる4度のノーヒットノーランの捕手を務めている[6]。
スカウティングレポートやビデオ資料を重視し、攻守にわたってチームの要であるバリテックだが、ティム・ウェイクフィールドのナックルボールは苦手としている。2004年のアメリカンリーグ優勝決定戦第5戦で、ウェイクフィールドが登板した際にバリテックは1イニングのうちに3個のパスボールを記録した。シーズン中に同投手が登板の際には、バリテックではなく控え捕手のダグ・ミラベリやケビン・キャッシュが出場している。バリテックは「子供の頃から速球を中心として投球を組み立てる投手と組むことが多かったので、ウェイキー(ウェイクフィールド)と組むのはとても大変な仕事だね」[7]と語っている。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | BOS | 1 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 1.000 | 1.000 | 2.000 |
| 1998 | 86 | 247 | 221 | 31 | 56 | 13 | 0 | 7 | 90 | 33 | 2 | 2 | 4 | 3 | 17 | 1 | 2 | 45 | 8 | .253 | .309 | .407 | .716 | |
| 1999 | 144 | 544 | 483 | 70 | 130 | 39 | 2 | 20 | 233 | 76 | 1 | 2 | 5 | 8 | 46 | 2 | 2 | 85 | 12 | .269 | .330 | .482 | .812 | |
| 2000 | 139 | 519 | 448 | 55 | 111 | 31 | 1 | 10 | 174 | 65 | 1 | 1 | 1 | 4 | 60 | 3 | 6 | 84 | 16 | .248 | .342 | .388 | .730 | |
| 2001 | 51 | 198 | 174 | 19 | 51 | 11 | 1 | 7 | 85 | 25 | 0 | 0 | 1 | 1 | 21 | 3 | 1 | 35 | 6 | .293 | .371 | .489 | .860 | |
| 2002 | 132 | 519 | 467 | 58 | 124 | 27 | 1 | 10 | 183 | 61 | 4 | 3 | 1 | 3 | 41 | 3 | 7 | 95 | 13 | .266 | .332 | .392 | .724 | |
| 2003 | 142 | 521 | 451 | 63 | 123 | 31 | 1 | 25 | 231 | 85 | 3 | 2 | 5 | 7 | 51 | 8 | 7 | 106 | 10 | .273 | .351 | .512 | .863 | |
| 2004 | 137 | 536 | 463 | 67 | 137 | 30 | 1 | 18 | 223 | 73 | 10 | 3 | 0 | 1 | 62 | 9 | 10 | 126 | 11 | .296 | .390 | .482 | .872 | |
| 2005 | 133 | 539 | 470 | 70 | 132 | 30 | 1 | 22 | 230 | 70 | 2 | 0 | 1 | 3 | 62 | 3 | 3 | 117 | 10 | .281 | .366 | .489 | .855 | |
| 2006 | 103 | 416 | 365 | 46 | 87 | 19 | 2 | 12 | 146 | 55 | 1 | 2 | 1 | 2 | 46 | 7 | 2 | 87 | 10 | .238 | .325 | .400 | .725 | |
| 2007 | 131 | 518 | 435 | 57 | 111 | 15 | 3 | 17 | 183 | 68 | 1 | 2 | 0 | 4 | 71 | 9 | 8 | 122 | 9 | .255 | .367 | .421 | .788 | |
| 2008 | 131 | 483 | 423 | 37 | 93 | 20 | 0 | 13 | 152 | 43 | 0 | 1 | 0 | 2 | 52 | 3 | 6 | 122 | 13 | .220 | .313 | .359 | .672 | |
| 通算:12年 | 1330 | 5041 | 4401 | 573 | 1156 | 266 | 13 | 161 | 1931 | 654 | 25 | 18 | 19 | 38 | 529 | 51 | 54 | 1024 | 118 | .263 | .346 | .439 | .785 | |
- 2008年度シーズン終了時
[編集] 獲得タイトル・表彰
- ゴールドグラブ賞 1回:2005年
- シルバースラッガー賞 1回:2005年
- MLBオールスターゲーム選出 3回:2003年、2005年、2008年
[編集] 脚注
- ^ "Boston Red Sox Salaries - 2008," ESPN.com. 2008年7月5日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、30項。ISBN 978-4-331-51093-3。
- ^ Browne, Ian (2006年8月2日). "Injured left knee forces Varitek to DL Sox captain faces surgery, reported 4-to-6 weeks' recovery" (英語). MLB.com. 2009年2月3日 閲覧。
- ^ Browne, Ian (2009年1月30日). "Varitek, Red Sox have a deal Captain will return for 12th full season behind plate for Boston" (英語). MLB.com. 2009年2月3日 閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、51項。ISBN 978-4-331-51146-6。
- ^ Petraglia, Mike (2008年5月20日). "No-hitter a record fourth for Varitek Red Sox catcher enters history books with Lester in Boston" (英語). MLB.com. 2009年2月4日 閲覧。
- ^ 三尾圭 「魔球ナックルを操る男 ティム・ウェイクフィールド レッドソックス」 『月刊スラッガー』2003年8月号、日本スポーツ企画出版社、2003年、雑誌15509-8、29-32頁。
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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