Navy SEALs

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Navy SEALs
SEALsのエンブレム
創設 1962年1月1日
所属政体 アメリカ合衆国
所属組織 アメリカ海軍
兵科 特殊部隊
(空挺)
(潜水)
(上陸戦)
人員 2,500名程度
所在地 カリフォルニア州コロナド
バージニア州リトル・クリーク
標語 Ready to Lead, Ready to Follow, Never Quit
the Only Easy Day Was Yesterday
It Pays to be a Winner
上級部隊 米特殊作戦海軍
最終上級部隊 アメリカ特殊作戦軍
主な戦歴 ベトナム戦争
レバノン内戦
アキレ・ラウロ号事件
湾岸戦争
モガディシュの戦闘
イラク戦争
アフガニスタン紛争 (2001年-)
  

Navy SEALs(ネイビーシールズ、正式名称はUnited States Navy SEALs)とは、アメリカ海軍特殊部隊である。米特殊作戦海軍の管轄部隊であり、現在2つの特殊戦グループ、8つのチームに分かれて編成されている。以下本稿ではSEALsと呼称する。

目次

[編集] 概要

SEALsの歴史は米軍の近代特殊部隊の中では最も古く、元々第二次世界大戦中に活躍していた水中破壊工作部隊(UDT)が中心となり、ベトナム戦争におけるベトコン掃討を目的として1962年1月1日に結成された部隊である。

SEALsという名称は、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)と、陸海空のアルファベットの頭文字から取られており、その名の通り陸海空問わずに偵察監視不正規戦等の特殊作戦に対応出来る能力を持つ。アメリカ軍の特殊部隊の中でも、アメリカ陸軍の特殊精鋭部隊であるグリーンベレーデルタフォースと並び、米軍最強との呼び声も高い(水中・水上での作戦遂行能力には非常に高いものがあるが、長期間の陸上での戦闘行動は難しいものがあるとの意見もある。アナコンダ作戦では長距離行動に破綻をきたし、グレナダ侵攻でも窮地に立たされている。もっとも、海軍の特殊部隊が本来持つ任務から外れ、軽歩兵の役割も与えられており、仕方がなかったという見方もある)。因みに、部隊名はアザラシ(英語でSeal)を掛けたものでもある。

任務は通常2名から4名で行動する。(場合によっては2の倍数で増員される) 1小隊は14人~16人。士官2人、兵曹長1人、先任下士官1人、下士官・水兵10人~12人の編成とされる。

水中作戦を得意とし、水際の作戦専門部隊に見られがちだが、実際にはイラクアフガニスタンソマリアなど海や河川が存在しない地域でも活動している。極限的な環境である北極圏の水中でも作業できるため、陸上の過酷な環境での作戦従事も多い。

なお、一部海兵隊と混同する向きがあるが、任務や性質も全く異なる。しかし、海兵隊員と沿岸警備隊は直接選抜過程を受けることが出来る。(海兵隊は他の陸海空及び沿岸警備隊に並ぶアメリカ五軍の一つである)。

高度な水泳と潜水スキルを持っており、危険が及んだ際に「水のある所へ逃げる」ことで命拾いした例がいくつも存在する。一部SEAL輸送チームを除きパラシュート訓練が必須となっているため、空挺作戦も可能である。パラシュート降下時にゴムボートも降下させて海に着水し、空から水上作戦を展開することができる。

SEALs輸送チームはSEAL輸送潜水艇(SEAL Delivery Vehicle:SDV)という6人乗りの小型潜水艇を操作する部隊で、実際2003年のイラク戦争で海岸油田の偵察任務に使われている。潜水艇は密閉されておらず水びたしになるため、スキューバギアが備え付けてある(ドライタイプのSDVの開発が進められている。ただし、実際の上陸時には水中に出るので、水に触れずに済むのはSDV内のみとなる)。また長時間水に浸かるため、SEALsのような専門職でなければ搭乗できない。 しかしながら、SEALs輸送チームも昨今のアフガニスタンで敵拠点強襲作戦に関与している事が確認されている。イラクの海岸油田制圧ではSDVで偵察を終えたリーダーが、そのまま強襲部隊に参加した。

[編集] 部隊編成

海軍特殊戦グループ1

  • チーム1・・・極東アジアを除くアジア太平洋全域担当
  • チーム3・・・中東地域担当
  • チーム5・・・極東アジア担当(北朝鮮関連問題等で、韓国に駐留している。)
  • チーム7・・・アメリカ西海岸担当
  • SEAL輸送チーム1・・・ハワイ パールハーバーに拠点を置く。SDV(SEAL Delivery Vehicle SEAL専用小型潜水艦)専門部隊

海軍特殊戦グループ2

チーム6は現在対テロ特殊部隊DEVGRUとして独立している。チーム9は欠番である。

[編集] 本部

バージニア州バージニアビーチリトルクリークに所在。

[編集] 入隊資格

※ASVABテスト:資質テスト。数学・科学・語学・暗号化能力・その他10項目におよぶテスト。

[編集] 訓練課程

基礎教育課程 (5週間)
志願者は、肉体と精神力の両面を評価され、SEALs勤務の条件を説明される。
<SEAL体力審査テスト(PST) >
このPSTでは、志願者がSEALsへ入隊するにあたって、肉体的条件を満たしているか審査する。その審査の中に、1500フィート(457m)を12分30秒以内で横泳ぎまたは平泳ぎで泳ぐことや、2分以内で腕立て伏せを42回、同じく2分以内で腹筋運動を50回、1.5マイル(2.4km)をブーツを履いて11分30秒以内で走るなどが入っている。

[編集] 基礎水中爆破訓練

基礎水中爆破訓練(Basic Underwater Demolition/SEAL:通称BUD/S)はSEALs入隊の本訓練と言うべき過程である。

<第1段階:基礎訓練課程> (8週間)
最初の4週間は、ブーツを履いて4マイル走、フィンを付けての2マイル水泳などの体力や精神力を極限まで追い詰める体力訓練を行う。多少の水中工作や船舶操縦術も訓練されるが、主なこの訓練の意味は、志願者のやる気や身体や精神的な強靭さ、他の志願者とのチームワークを計ることである。さらに、「水中順応訓練」「溺死防止訓練」と呼ばれることもある)では、両手首両足首を縛られた状態でプールに投げ込まれる。この状態で20分間水面に浮いており、さらに、プールの底に落ちているフェイスマスクを取ってこなければならない。
この訓練の4週間目に「地獄週間 (ヘル・ウィーク)」というものが行われる。その名のとおりまさに地獄のような訓練で、「挽肉製造機」の異名を持つ。志願者たちは5~7名のチームを作らされ、5日間で体力を限界まで追い込む。その訓練内容には、何度もずぶ濡れにされて低体温症の瀬戸際まで立たされたり、腰まである泥の中を進みボートを数マイル運んだりもする。しかも、この地獄週間での1日の睡眠時間はわずか4時間しか与えられない。この地獄週間の主な意味は、あまりの過酷さに、醜態をさらさせて仲間よりも自分を優先させる志願者を暴くためである。
地獄週間を見事に突破した者は、少しの休息が与えられた後に水路学を4週間かけて学ぶ。
<第2段階:潜水訓練課程> (8週間)
潜水技術や水中工作技術の向上を図る。この8週間で水中工作の基礎を教え込まれる。主に、開放式潜水器(圧縮空気を使用)や閉鎖式潜水器(100%の酸素使用)の訓練を受け、水中からの潜入のためスクーバダイビング術を学ぶ。なお、酸素濃度100%の気体を使用する場合、酸素中毒の関係から5メートル程しか潜水できない為、上陸作戦等の一部の作戦でしか使用できない。
<第3段階:地上戦訓練課程> (9週間)
この段階に入ると、主に地上での戦闘訓練を行う。銃器爆発物の取扱、精密射撃、長距離偵察ロッククライミング航法、隠密潜入および離脱、小部隊戦術などが訓練される。この訓練の合間もほぼぎりぎりの制限時間が与えられた長距離走や長距離水泳が行われる。
この訓練の最後の3週間半は、カリフォルニア州サン・クレメンテ島で、今まで教わってきたことを活かし、広範囲な演習を行う。

このBUD/Sでは、年にもより様々だが、志願者のおよそ30~60%が合格する。しかし、SEALの訓練はまだ続けられる。

[編集] 最終訓練

空挺降下訓練 (3週間)
BUD/Sが終了した後も、まだSEAL入隊のための訓練が続けられる。SEAL候補生は、民間訓練施設(元SEAL隊員が運営)(かつては長年ジョージア州ベニング基地の陸軍空挺学校で行われていた)空挺降下訓練に励む。訓練コースは3週間続き、第1週間は地上訓練で、降下と着地の基本技術を学ぶ。2週間目は高さ10.4mの塔からの効果着地訓練や、ブランコ式の着地訓練を装置を使っての訓練が行われる。3週目になると兵士たちはだんだん難易度を上げながら、夜間1回を含む5回のパラシュート降下を行う。無事に降下を終えた者たちは「空挺降下資格者」となる。
SEAL資格訓練(SQT) (15週間)
この訓練を受けるため、海軍特殊戦センターに戻り、15週間も訓練を行う。通信技術や舟艇操縦技術、近接戦闘狙撃空挺降下などを訓練する。この訓練の意味は、SEAL候補生を実際にSEALsとしての作戦に従事できる水準までに引き上げる事である。このSQTに合格すれば、海軍特殊戦章「三又鉾」を授与され、SEAL海軍下士官兵適性区分(NEC)コードを与えられる。
基礎寒冷地海洋訓練 (3週間)
SQTの後、最初の作戦部隊の配属される前の3週間は、アラスカ州コディアック島で寒中訓練を受ける。

その後は、SEALs隊員として作戦に従事するが、常時行われる実行訓練プログラムでは、外国語や30週間の衛生コースなどの技能を学ぶ。


ここまでおよそ2年6ヶ月かかるといわれている。

[編集] 主な参加作戦

  • 1962年キューバミサイル危機 初代チーム2指揮官ロイ・ボーム海軍大尉によるキューバ偵察任務。
  • 1965年ドミニカ共和国内戦に参加。
  • 1964年-1973年 ベトナム戦争 メコン川流域における偵察任務。ベトコン北ベトナム軍の要人暗殺・誘拐、捕虜救出作戦に従事。後にPRUアドバイザーとして北ベトナム軍・ベトコンの体制を突き崩したフェニックス作戦に参加。
  • 1983年レバノン内戦でチーム4が駐留する。チャック・ファーラーの著作によると日中のベイルートでのパトロール任務の他、フランスによるシリア空爆の作戦で被撃墜パイロット救出に備えてシリアに潜入していた。
  • 1983年10月グレナダ侵攻 チーム6(現DEVGRU)がスクーン総督救出作戦と通信基地破壊作戦に参加する。その前に行われた飛行場へ発信機を取り付ける作戦は暴風雨の中の強行のため、パラシュート着水したチーム6の隊員中4名が溺死して失敗に終わる。通信基地破壊を果たしたキム・アースキン大尉12名は本部との通信が途絶え、グレナダ・キューバ軍の追撃に遭いながらも海へ飛び込んで逃げ切って全員生還する。スクーン総督邸へヘリコプターで到着したウェリントン・レナード大尉の小隊はグレナダ・キューバ軍に包囲されるも24時間にわたる攻防でスクーン提督とその家族を守りきり、自身の部隊も全員生還する。
  • 1985年10月豪華客船アキレ・ラウロ号シージャック事件にチーム6が出動。旅客機で逃亡した犯人グループを追跡した先のシチリアでイタリアの警察部隊と指揮権を巡って口論、犯人強襲には至らなかった。
  • 1987年ペルシャ湾を航行する民間及び軍事船舶の安全確保のための作戦プライムチャンス作戦第160特殊作戦航空連隊と共に参加。
  • 1989年12月パナマ侵攻 マヌエル・ノリエガ将軍追討作戦。チーム2の指揮官、ノーム・カーリー中佐と護衛隊員1人が運河河口にボートを乗りつけ、4名の隊員が潜水してノリエガ所有船舶のエンジンに爆薬を仕掛けた。設置後45分に船は大破する。チーム4の4小隊(推定48名)がパティーヤ飛行場のノリエガ所有航空機の破壊を実行する。事前までの計画立案不足と、敵側の情報が錯綜した中で実行される。格納庫付近でパナマ軍に待ち伏せされ、4名が死亡、8名が負傷する。航空機破壊は成功するものの、この時の指揮官は後年まで批判を受けることになる。映画『沈黙の戦艦』でパナマの作戦の失敗で部下を失い、上官を殴って戦艦のコックに降格された主人公とこの作戦の類似性がある。チーム4でパナマ駐留経験があったマイケル・ウォルシュ少佐は、隊員の安全を考え航空機のタイヤを遠距離から狙撃する作戦を主張したが指揮官と対立し、実行前に作戦から外された。
  • 1991年湾岸戦争 イラク軍陽動作戦、被撃墜友軍パイロットの救出作戦など。
  • 1993年 ソマリア紛争でチーム6の4名がモガディシュの戦闘に参加。
  • 1998年ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争において、紛争地域の治安維持活動に従事。
  • 1998年リベリアの首都・モンロビアの米国大使館で発生した銃撃戦で、大使館内に立て篭もった米国人を救出する作戦シャドウ・エクスプレス作戦に参加。
  • 2001年11月よりアフガニスタンにおけるターリバーンアルカーイダ掃討作戦に参加。
  • 2002年3月アフガニスタンにおける多国籍軍によるアナコンダ作戦に参加する。陸軍のデルタフォースと共にタスクフォース11を結成し、ターリバーン政権打倒とアルカーイダ撲滅作戦に従事。CH-47ヘリより転落し、ターリバーンに射殺されたSEALsのニール・ロバーツ一曹の救出を巡って、SEALs隊員や第75レンジャー連隊隊員らが激戦を繰り広げる。
  • 2003年以降イラクにおいて各種作戦に従事
  • 2005年6月アフガニスタンの北東部山岳地帯で決行されたレッドウィング作戦でチーム10隊員がターリバーン拠点に潜入する。ターリバーンの主要メンバーの狙撃作戦だったが、4名のSEALs隊員が100名前後のターリバーン勢の攻撃を受け、マイケル・マーフィ大尉他2名が戦死、マーカス・ラトレル二等兵曹が唯一人生還する。救出に向かったCH-47ヘリもターリバーン勢に撃墜され、チーム10指揮官含む8人のSEALs隊員と8人の第160特殊作戦航空連隊隊員が死亡する、Navy SEALs創設以来最悪の出来事となった。
  • 2005年12月米陸海空軍特殊部隊の混成部隊によるサッダーム・フセインの捜索・捕縛作戦であるレッド・ドーン作戦に参加。
  • 2009年4月 ソマリア沖の海賊によって拉致された米国人船長の奪還作戦を実行。犯人3名射殺、1名確保。人質は無事奪還。

[編集] 武器

武器に関しては、任務内容や役割に応じて自由に選べるが、この項目では主に使用されている武器を記述する。

拳銃
S&W 340PD(予備携行)、スタームルガーMk.II(訓練)、ベレッタM9H&K MARK 23USP.45SIG SAUER P226
サブマシンガン
H&K MP5シリーズ
アサルトライフル
コルトM16シリーズコルトM4A1SIG SG552AKシリーズ鹵獲や潜入任務等)
狙撃銃
レミントン M24A1H&K MSG-90Mk11 SWS
軽機関銃
FN M249M60E4 (Mk 43 Mod 0)

[編集] 人物

  • エリック・オルソン - 海軍特殊作戦軍総司令官・海軍大将。SEALs出身で中将以上になった初の人物。
  • リチャード・マルシンコ - DEVGRUの前身(あるいは同一組織とも)SEAL TEAM SIXの発足者。SEALsで対テロ対策を本格的に手がけた最初の人。自伝『Rogue Warrior』で有名になる。
  • ハリー・ハンフリーズ - ベトナム期のSEAL隊員でリチャード・マルシンコの元部下。映画『ブラックホーク・ダウン』、『ティアーズ・オブ・ザ・サン』、『ザ・ロック』で俳優らを指導。『ザ・ロック』では海軍将官として出演している。ベトナム戦争ではテト攻勢のさなかでアメリカ人看護婦の救出で一役買ったことで知られている。その時同じ救出劇に関わった陸軍のドリュー・ディックス軍曹は名誉勲章を受章している。
  • チャック・ファーラー - 元チーム4、チーム6隊員。映画『ネイビー・シールズ』、『ジャッカル』の脚本家。
  • トーマス・ノリス - ベトナム戦争中の1972年4月の被撃墜パイロット救出作戦の功績により名誉勲章を受章。
  • マイケル・ソーントン - ベトナム戦争中の1972年10月作戦中重傷負ったトーマス・ノリス大尉の救出が功績として認められ、名誉勲章を受章。2008年1月時点では名誉勲章受章者中、生きて受章した最後の米国軍人といわれる。
  • ウィリアム・シェパード - 宇宙飛行士に転身した元SEAL隊員。スペースシャトル国際宇宙ステーション任務で宇宙へ飛んでいる。
  • ジェシー・ベンチュラ - 元プロレスラー、元ミネソタ州知事。ベトナム戦争中、SEALの原組織、UDT(水中爆破チーム)の隊員として南シナ海の作戦に従事。後にUDTがSEALに吸収されたため、UDT/SEALのOBに位置づけられる。
  • デニス・チョーカー - 元チーム6の隊員でグレナダ侵攻ではスクーン提督救出作戦に参加している。リチャード・マルシンコ中佐の元部下。SEAL教官在任中にザ・ロックにSEAL隊員として出演している。自伝を出版している。
  • ルディー・ボッシュ - 『サバイバー』の最年長出演者で、SEAL創設以来1990年まで最上級伍長を勤めた大ベテラン隊員。チーム2で数知れぬ隊員に体力訓練をほどこした。
  • ジェームス・ワトソン - ベトナム戦争期の隊員で現在UDT/SEAL博物館の館長をつとめる。
  • ボブ・ケリー - 元アメリカ上院議員でベトナム戦争期の隊員。作戦中の爆発で片足を失いながらも小隊を指揮して作戦を遂行した功績が認められ、名誉勲章を受章する。しかしベトナム戦争中の1969年、彼が指揮するチームがサンポン村で起こった老人・女性・子供を含んだ虐殺事件に関与したことが2001年、元部下によって暴露される。
  • ドレイパー・カウフマン - 第二次世界大戦中にSEAL前身の水中爆破チームを編成した海軍少将。ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の兄、プレスコットの義兄にあたる。

[編集] SEALsが登場する主な作品

[編集] ゲーム

[編集] 映画

[編集] 参考文献


[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

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