シク教

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アムリトサルの黄金寺院とシク教徒

シク教(シクきょう、パンジャーブ語:ਸਿੱਖੀ、英語:Sikhism)は、16世紀グル・ナーナクインドで始めた宗教スィク教スィック教、あるいはシーク教とも呼ぶ。シク(スィク)とはサンスクリット語の「シシュヤ」に由来する語で、弟子を意味する。それにより教徒達はグル・ナーナクの弟子であることを表明している(グルとは導師または聖者という意味である)。

総本山はインドのパンジャーブ州アムリトサルに所在するハリマンディル(ゴールデン・テンプル、黄金寺院)。教典は『グル・グラント・サーヒブ』と呼ばれる1430ページの書物であり、英語に翻訳されインターネットでも公開されている。

教義[編集]

ヒンドゥー教と同様に輪廻転生を肯定している。カーストを完全否定しているがこれにはイスラム教イスラーム)の影響もあると考えられている。この見解には宗教改革カビールの影響とイスラーム神秘主義であるスーフィズムの影響が考えられる。カビールの生没年ははっきりしないが、1440年誕生1518年死亡説をとるなら、カビール及びナーナクの両人の接触はあったとも考えられる。

思想の系譜としては、初めにラーマーヌジャがいて、その孫弟子にラーマーナンダが、その弟子にカビールがおり、その影響を受けたのがグル・ナーナクということになる。

は一つであるとして、唯一神を標榜している。神には色々な呼び名があり、それぞれの宗教によって表現のされ方の違いはあるが諸宗教の本質は一つであるとし、教義の上では他宗教を排除することはない。イスラーム教の様なジハード聖戦)も説いていない。但し、他宗教への批判をまったくしないのではなく、ナーナクは、ヒンドゥー・イスラム両教の形骸化・形式・儀式は批判をしている。 その一方で、「聖典に帰れ」と主張しており、宗教家・聖書解釈家によってつくられた二次宗教から離脱し、本来の教えに立ち返るべきだとの信念を持っている。

儀式偶像崇拝苦行ヨーガハタ・ヨーガの意味)、カースト出家を否定し、世俗の職業に就いてそれに真摯に励むことを重んじる。戒律は開祖のときはなかったが、第10代グル・ゴーヴィンド・シングによってタバコアルコール飲料麻薬が禁止された。

離婚については、好ましいことではないがやむをえない場合は仕方がないとの見解をとる。

宗派[編集]

カールサー派 
シク教の主流派でターバンを巻いてひげをはやしているのはこの宗派である。次の5つの事柄を守る。1.長髪、2.ひざの上までのパンツ、3.腕に付ける鉄のブレスレット、4.短刀(現在は短刀を持つことは禁止されている)、5.くし
アカーリー派 
政治色が強く政党(アカリ・ダル)を持っている。この派もターバンを巻く。
過激派 
パンジャーブを独立させてカリスタンという国を作ろうとして、武力闘争をしたがパンジャーブ警察によって根絶された。(ブルースター作戦

習俗[編集]

シク教の家族の例。インド北部アーグラ

カールサー派のシク教徒の男性は、髪の毛と髭を切らず、頭にターバンを着用する習慣がある。そのため髭のあるターバンをつけたインド人男性はシク教徒だとわかる。ターバンの着用はヒンドゥー教徒などでは一般的でないにもかかわらず、世界的にはインド人男性の一般的イメージとなっている(理由はシク教徒を参照)。

女性も髪を切らないのでロングヘアーにしている。現在ではそのようなことをするカールサー派は減り半数を割ったとも言われ、それに代わってそのようなことをしない(カールサー派に属さない)サヒジダリーと呼ばれる人が増えている。

男性はシング(ライオン)、女性はカウル(王女)という名前を持つ場合が多い。

寺院[編集]

シク教の寺院はグルドワーラーと呼ばれ、小規模な寺院はダルバールと呼ばれる。

シク教寺院に入るには靴を脱いで頭の上にハンカチをのせて髪の毛を隠さなければならない。これはターバンを巻くカールサー派への配慮と思われる。グル・グラント・サーヒブを歌い、1時間程の礼拝の後にカラーパルシャードと呼ばれる砂糖菓子がふるまわれる。また、神前の供物を恭しく食べるが、これは日本で神社仏壇の供えものを有難く頂戴するのと同種の習慣である。さらにランガルと呼ばれる食事が皆に振舞われる。これは無料で、内容はインド料理チャパティーパコラヨーグルトスープ)である。これはヒンドゥー教徒カーストが違う者と食事を共にしないことに対する批判である。

日本にあるシク教寺院としては、兵庫県神戸市中央区野崎通2-7にグル・ナーナク・ダルバールがある。礼拝は毎週日曜日の11時半頃より行われ、1時頃に昼食が終わる。

教徒[編集]

ヒンドゥー教が生来から帰依するものであるのに対して、シク教は改宗宗教であることから、異教徒やインド人以外に対しても布教が行われる。アメリカにも教徒がいるが、これは3HOという団体がアメリカで布教しているためと思われる。

教徒はインド全域に分布しているが、特に総本山ハリマンディルの所在地であるパンジャーブ地方に多い。州内では人口の67%を占め、多数派となっている。信徒数は約2300万人、日本には約1000人ほどが居住していると思われる。

シク教成立時から裕福で教養があり教育水準の高い層の帰依が多かったことから、イギリス統治時代のインドでは官吏軍人として登用されるなど社会的に活躍する人材を多く輩出し、職務等で海外に渡航したインド人にターバンを巻いたシク教徒を多く見かける。それがターバンの着用はインド人の習俗であるとの世界的なイメージにつながった。

インドでは少数派でありながら社会的に影響力のある宗教集団である。ムガル帝国時代に武器を持って戦っていたためともされるが、技術的な事項に強い者が多く、インドのタクシー運転手にはシク教徒が多い。

政治的にはアカリ・ダルという宗教政党を持つものの、インド国民会議派の支持者も多く、政治的に団結しているわけではない。この州の国民会議派は、マンモハン・シン首相など有力政治家を生んだ。アカリ・ダルはインド人民党と同盟関係にあり、1997年にはアカリ・ダルとしてはじめて州の政権を奪取し、アカリ・ダル総裁のプラカーシュ・シン・バダルがパンジャーブ州知事に就任したものの、2002年には敗北して国民会議派に政権を譲った。

歴代グル[編集]

第10代教祖の4人の息子はムガル帝国との戦争で先に死んだため、遺言により、この後は教典がグルとされた。

歴史[編集]

グル・ナーナクの啓示から反ムガル帝国へ[編集]

16世紀初めに、初代グル・ナーナクが沐浴中に啓示を受け布教を開始した。ナーナクはパンジャーブにカタルプルの町を建設して本拠地とし、やがてシク教はパンジャーブを中心に北インド一帯へ広がっていった。当時この地域はムガル帝国領であり、宗教に寛容なアクバルの統治下で繁栄していった。

1574年には第4代 グル・ラーム・ダースが、パンジャブ中心部にラームダースプル(現在のアムリトサル)を建設し、そこに黄金寺院を建立した。

アクバル死後、ムガル帝国と対立するようになり、1606年には5代目のグル・アルジュンがムガル帝国の弾圧を受け死亡した。このころから迫害と共に教団組織を整備し、反イスラム・反ヒンドゥー色を強める。

シク王国の建国からシク戦争へ[編集]

17世紀後半には10代目のグル・ゴービンド・シングが教団を改革し、教団内の権力構造を廃止した。このころよりシク教団は半独立の姿勢を示すようになり、ムガル帝国の衰退とともに勢力を拡大させ、1765年には首都をラホールに定めてシク王国を建国した。

18世紀末には英雄ランジート・シングがあらわれ、パンジャーブのみならずムルターンカシミールまで勢力を拡大し全盛期を迎えた。しかし1839年にランジート・シングが死亡すると間もなく南に勢力を伸ばしてきたイギリスと対立した。

1845-46年の第一次シク戦争英語版でパンジャブの東半分をイギリスに奪われ、1848-49年の第二次シク戦争英語版によって全パンジャーブが英領になり、シク王国は滅んだ。

英領からパンジャブ州へ[編集]

英領となった後、セポイの乱においてシク教団はイギリス政府に協力し、以後シク教徒はイギリスと協調路線をとって繁栄していくこととなった。20世紀にはいるとヒンドゥー・イスラム両教の対立が激しくなる中、1947年のインド・パキスタン分離独立に際し、シク教団はインド帰属を選択。しかしシク教徒の一部は独立国カーリスターンや、自治権の拡大を望んだ。1966年にはシク教徒が過半を占める新州パンジャブ州が成立した。

しかし1980年代に入るとジャルネイル・シン・ビンドランワレひきいる急進派が力を増し、パンジャブの治安が悪化。これに対しインド政府は1984年に 黄金寺院事件をおこし、インド政府軍がシク教徒の聖地を襲撃してビンドランワレを殺害した。

この事件の反響は大きく、しばらくはこれに反発したシク教徒のテロが続発。1984年10月31日にはシク教徒の警護警官により、インディラ・ガンディー首相が暗殺され、1985年にはシク教徒によるインド航空182便爆破事件が起こるなどしたが、やがて沈静化し、1997年にはシク教の政党アカリ・ダルがパンジャブ州の政権を獲得した。

著名人[編集]

参考文献[編集]

  • クシワント・シン著、斉藤昭俊訳 『インドのシク教』 国書刊行会。
  • 那谷敏郎 『インドの黄金寺院』 平凡社。
  • コール&サンビー著、溝上富夫訳 『シク教』 筑摩書房。
  • 保坂俊司 『シク教の教えと文化』 平河出版社。
  • N.G.コウル・シング著、高橋堯英訳 『シク教』 青土社。
  • グリンダル・シン・マン著、保坂俊司訳 『シク教』 春秋社。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]