シルヴェスタ・シュミット

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シルヴェスタ・シュミット
(シルヴェステル・シュミット)
Sylwester Szmyd
Cycling (road) pictogram.svg
Sylvester Szmyd.jpg
個人情報
本名 Sylwester Szmyd
生年月日 1978年3月2日(36歳)
国籍 ポーランドの旗 ポーランド
身長 179cm
体重 60kg
チーム情報
所属 モビスター・チーム
分野 ロードレース
役割 選手
特徴 クライマー
プロ所属チーム
2002
2003
2004
2005-2008
2009-2012
2013-
タッコーニ・スポルト
メルカトーネ・ウノ
サエコ
ランプレ・フォンディタル
リクイガス
モビスター・チーム
主要レース勝利
ドーフィネ・リベレ 区間1勝(モン・ヴァントゥ)
最終更新日
2013年7月8日

シルヴェスタ・シュミット(シルヴェステル・シュミット、Sylwester Szmyd 発音例1978年3月12日 - )は、ポーランドブィドゴシュチュ出身の自転車競技ロードレース)選手。山岳スペシャリストとしてこれまでにダミアーノ・クネゴイヴァン・バッソジルベルト・シモーニをアシスト。

山岳で自分がアシストとしてエースを引いている際に絶対言われたく無い言葉は「もっとスピードを落とせ」であると語ったとされる[1]

経歴[編集]

2001年にプロとなる。

2004年ジャパンカップサイクルロードレースではサエコに所属して出場し、山岳賞を獲得。翌年ランプレに移籍し、クネゴやシモーニのアシスト役を務めた。

2009年にはリクイガスに移籍。ドーフィネ・リベレでは、モン・ヴァントゥがゴールの第5ステージを制している。なお、ステージ優勝を目前で一気にペースダウンするも、何とか持ち堪えてペースを取り戻し、最後はアレハンドロ・バルベルデにステージ優勝を譲られる形でゴールした。ゴール後のインタビューで「ゴールが近づくと、緊張で止まってしまった。吐きそうになって、文字通り脚が止まったんだ」と語っている。同年のブエルタ・ア・エスパーニャの第19ステージではサムエル・サンチェス(エウスカルテル・エウスカディ)のアタックを全て封じ込める強力な牽引をエースのバッソの為に行い、山岳アシストとしての存在感を示した。

2010年のジロ・デ・イタリアでは第11ステージで大きく総合順位を下げたリクイガスのエース、バッソおよびセカンドエースのヴィンチェンツォ・ニバリを山岳ステージでアシスト。14ステージ、15ステージ、19ステージの勝負所となる峠でバッソとニバリの2名を最後に送り出す役割を果たし、両名のステージ優勝やバッソの総合優勝に大きく貢献した。

グランツール戦績[編集]

ツール・ド・フランス[編集]

ジロ・デ・イタリア[編集]

ブエルタ・ア・エスパーニャ[編集]

[編集]

  1. ^ Jスポーツによる2010年のジロ・デ・イタリア中継、第14ステージでゲスト解説を務めた中野喜文のコメントによる

外部リンク[編集]