シリングスフュルスト

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紋章 地図
(郡の位置)
Wappen von Schillingsfürst.png Lage des Landkreises Ansbach in Deutschland.png
基本情報
連邦州: バイエルン州
行政管区: ミッテルフランケン行政管区
郡: アンスバッハ郡
緯度経度: 北緯49度16分 東経10度16分
標高: 海抜 516 m
面積: 27.52 km²
人口:

2,791人(2012年12月31日現在) [1]

人口密度: 101 人/km²
郵便番号: 91583
市外局番: 09868
ナンバープレート: AN
自治体コード: 09 5 71 198
市庁舎の住所: Anton-Roth-Weg 9
91583 Schillingsfürst
公式ウェブサイト: www.schillingsfuerst.de
市長: ミヒャエル・トルツィビンスキ (Michael Trzybinski)
郡内の位置
Schillingsfürst in AN.svg

シリングスフュルスト (Schillingsfürst)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州ミッテルフランケンアンスバッハ郡に属す郡所属市で、シリングスフュルスト行政共同体の本部所在地。

地理[編集]

位置[編集]

シリングスフュルストは、フランケンヘーエ自然公園内に位置する。

隣接市町村[編集]

北から時計回りに

市の構成[編集]

本市は、公式には21の地区 (Ort) からなる[2]。このうち小集落や孤立農場などを除く集落を以下に列記する。

  • ファウレンベルク
  • ノイヴァイラー
  • シャーフホーフ
  • シリングスフュルスト
  • ショーンドルフ
  • シュティルツェンドルフ
  • ヴォーンバッハ

歴史[編集]

1000年に、シリングスフュルストの名前は初めて文献に記されている。ブルクベルンハイムの御猟場記録に "Xillingesfirst"の名が記されている。1300年からシリングスフュルストはホーエンローエ家の所領となった。城は、1316年バイエルン公ルートヴィヒによって破壊された。再建された城も1525年ドイツ農民戦争で焼け落ちた。さらに3度目に築かれた城も、三十年戦争により1632年に破壊された。シリングスフュルストは、カール・アルブレヒト侯統治下の1753年から1793年に、計画的な入植政策により初めての大きな発展を見た。一部の社会的に恵まれない市民を現在もシリングスフュルストのイェニシェと呼ぶことがあるが、この原因を1758年からの手工業者や流浪民の流入に求める説がある[3]。しかしこれは、そうしたローカルなことではなく、南ドイツあるいは南西ドイツで、悪党仲間の隠語として流布していたものである[4]1792年には、後のフランス部隊の母体となったイェーガー部隊が創設された。バイエルン王国およびヴュルテンベルク王国の創設により、ホーエンローエ=ヴァルデンブルク=シリングスフュルスト侯領は廃止された。シリングスフュルスト周辺の地所は、バイエルン王国に帰属した。

行政[編集]

議会[編集]

シリングスフュルストの議会は、市長を含め15議席からなる。

紋章[編集]

3つの山を持つ鋸歯線で上下に分割。上部は赤地に銀の獅子、下部は銀地に黒の獅子(ヒョウ)

友好都市[編集]

文化と見所[編集]

シリングスフュルストの街並み

博物館[編集]

  • ブルンネンハウス博物館
  • ルートヴィヒ・デフラー・ギャラリー

建築[編集]

  • シリングスフュルスト城
  • バイエルンの狩猟用鷹育成施設
  • 水道塔

経済と社会資本[編集]

シリングスフュルストは、ロマンティック・フランケン観光連盟に加盟している。

交通[編集]

シリングスフュルストは、ロマンティック街道沿いに位置し、アウトバーンA7号線(インターチェンジ79 ヴェルニッツ)にも遠くない。

出身者[編集]

  • ルートヴィヒ・デフラー (1905 - 1992) 画家

[編集]

  1. ^ バイエルン州統計・データ管理局 — 12月31日時点での人口状況
  2. ^ Bayerische Landesbibliothek Online
  3. ^ Edith Nierhaus-Knaus: Geheimsprache in Franken - Das Schillingsfürster Jenisch. Verlag J. P. Peter, Rothenburg ob der Tauber 1973
  4. ^ Siegmund A. Wolf: Rezension zu Edith Nierhaus-Knaus, in: Zeitschrift für Dialektologie und Linguistik 44,2 (1977) S. 177-179

外部リンク[編集]