シュテッティンの和約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

シュテッティンの和約(Freden i Stettin)とは、1570年12月13日に締結された北方七年戦争平和条約神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世調停を行い、ポメラニア公国の首都シュテッティン(現ポーランドシュチェチン)で、スウェーデンデンマーク及びリューベックとの間で結ばれた。

主な内容[編集]

デンマークがスウェーデンへの請求を放棄したことで、スウェーデンとのカルマル同盟は最終的に撤廃された。また、両国の関係はこの戦争によって悪化することとなった。リューベックは、スウェーデンから賠償金を支払われることはなかった。

Northern-Europe-map-extended.png この「シュテッティンの和約」は、北ヨーロッパに関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めていますウィキプロジェクト 北ヨーロッパ / Portal:ヨーロッパ