シャー・ルク

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シャー・ルク1734年 - 1796年、在位:1748年 - 1750年、1750年 - 1796年)は、アフシャール朝の第4代・第6代で最後の君主

生涯[編集]

即位と復位[編集]

父は初代君主のナーディル・シャーの息子のレザー・クリー。生母はサファヴィー朝の第9代君主であるスルターン・フサインの娘である。祖父が1747年暗殺されると、義理の甥であるアーディル・シャーによってレザー・クリーをはじめナースィルッラーイマーム・クリーら直系男子の大半は処刑されたが、彼は若年でサファヴィー朝の皇女を生母とする理由から助命された。

だが1748年にアーディル・シャーとその跡を継いだイブラヒムが相次いで廃されたため、サファヴィー朝の血統である彼が有力者の支持を受けて即位した。しかし1750年にカージャール族の有力者らに背かれて廃された。このときに盲目にされている。だが、すぐに祖父の旧臣らの支持を受けて復位した。

拷問と最期[編集]

その後、シャー・ルクは有力者の傀儡として利用された。1796年にはカージャール朝アーガー・モハンマド・シャーマシュハドを占領されてアフシャール朝は滅亡した。

結局、シャー・ルクはこのときの拷問が原因で死亡したという。63歳没。

宗室[編集]

父母[編集]

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参考文献[編集]

先代:
イブラヒム
アフシャール朝
1748年 - 1750年
次代:
スレイマーン2世ムハンマド
先代:
スレイマーン2世ムハンマド
アフシャール朝
1750年 - 1796年
次代:
滅亡