シャルル・フリーデル

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シャルル・フリーデル

シャルル・フリーデル(Charles Friedel, 1832年3月12日1899年4月20日)は、フランス化学者鉱物学者である。出生地はフランスストラスブールパリ大学の化学教授だった。

1877年ジェームス・クラフツと共にフリーデル・クラフツ反応を開発した。また、人工ダイヤモンドを製作することを試みていた。

息子のジョルジュ・フリーデル1865年-1933年)は鉱物学者になってコンクリートの成分の一つフリーデル氏塩(Ca2Al(OH)6(Cl, OH) · 2 H2O)を発見し、孫のエドモン・フリーデル1895年-1972年)は液晶の命名を行った。ひ孫のジャック・フリーデル1921年-)は物理学者になった。

ケイ酸塩鉱物フリーデル鉱(Friedelite、(Mn, Fe)8Si6O15(OH, Cl)10)に命名されている。

経歴[編集]

1850年からストラスブールで自然科学を学び、1852年パリ大学に移った。1856年から1870年まで鉱業科 (Écoles des mines) で鉱物を収集する研究員として働いた。この間、薬学科 (École de Medicine) のアドルフ・ヴュルツの研究室で化学の知識を得た。また、ここで1860年にジェームズ・クラフツと出会った。1869年に博士号を取得したのち、1871年に師範学校 (École normal) で講師に就き、1876年に鉱物学の教授となった。1884年にはパリ大学に移って無機化学の教授に就任した。

1889年からは有機化合物命名法改正委員会の会長を務めた。

業績[編集]