シャルル・ド・フーコー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
シャルル・ド・フーコー

シャルル・ウジェーヌ・ド・フーコー・ド・ポンブリアンフランス語: Charles Eugène de Foucauld de Ponbriand, 1858年9月15日 - 1916年12月1日)は、フランスカトリック教会神父で、探検家地理学者である。

生涯[編集]

1858年ストラスブールに貴族の家に生まれる。両親にとってシャルルは2人目の子供だった。ヴェルサイユイエズス会リセを卒業し、1877年サン・シール陸軍士官学校を卒業した。フランス領アルジェリアに渡り、その後はモロッコに入国して調査を始めた。1888年に著書『モロッコのルネサンス』を発表した。帰国後、彼はパリのサントギュスタン教会に配属された。1890年に厳律シトー会に入会し、シリアナザレに向かった。トゥアレグ族と共に行動し、彼らの文化を調査した。突然、彼は1916年タマンラセット近郊で暗殺された。フランス支配に反発したサヌーシー教団によって差し向けられた刺客による犯行ではないかと言われている。

2001年4月24日教皇ヨハネ・パウロ2世によって尊者に、2005年11月13日に、教皇ベネディクト16世によって列福された。

執筆の途中です この項目「シャルル・ド・フーコー」は、キリスト教に関連した書きかけ項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めていますP:キリスト教/PJ:キリスト教)。