シャトーラン

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Châteaulin
Blason ville fr Châteaulin (Finistère).svg
Chateaulin 1.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ブルターニュ地域圏Blason region fr Bretagne.svg
(département) フィニステール県
(arrondissement) 郡庁所在地
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 29026
郵便番号 29150
市長任期 ガエル・ニコラ
2008年-2014年
人口動態
人口 5 213人
2010年
人口密度 248人/km²
地理
座標 北緯48度11分51秒 西経4度05分19秒 / 北緯48.1975度 西経4.088611度 / 48.1975; -4.088611座標: 北緯48度11分51秒 西経4度05分19秒 / 北緯48.1975度 西経4.088611度 / 48.1975; -4.088611
標高 平均:?m
最低:2m
最高:206 m
面積 20.81km²
Châteaulinの位置
Châteaulin
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シャトーランフランス語:Châteaulinブルトン語:Kastellin)は、フランスブルターニュ地域圏フィニステール県コミューン

地理[編集]

シャトーランはフィニステール県の中央に位置する。オーヌ川fr:Aulne (fleuve))を船舶航行可能にしたナント=ブレスト運河が市街を流れる。南のカンペール、北のブレストの間にある。西は、メネゾム山(fr:Ménez-Hom)が、クロゾンの島々やドゥアルヌネ湾からシャトーランを隔てている。

歴史[編集]

シャトーランのサケ漁[編集]

オーヌ川の現在の郵便局に相当する辺りには大規模なサケ漁場があり、年4000尾の漁獲があった。この漁場は11世紀の終わりに、ブルターニュ公アラン4世からランデヴェネック修道院(fr:l’abbaye de Landévennec)へ寄進された。17世紀、サケは水車とともにフランス王に属していたが、債務解消のため4500リーヴルで払い下げられている。

サケはシャトーランの紋章にも表され、シャトーラン住民はペン=エオグ(Pen-Eog、サケ頭)というブルトン語のあだ名をつけられた。

漁場は運河掘削が行われた1816年に破壊された。

騎士団[編集]

ケルジャンの施設付き司祭職は、1130年にブルターニュへやってきたテンプル騎士団によって設置された。司祭はカンペールの騎士修道会に所属し、カンペールの者はさらにフイエの騎士修道会に所属していた。施設付き司祭職は、慈善の家、サン=ジャン礼拝堂、その他一部資産から成っていた。巡礼者の受け入れが主な任務であり、貧者と病人にも門戸を開いていた。これが後のケルジャン村の起源となった。

眼病回復に利益があるとして洗礼者ヨハネ(サン=ジャン)の加護を謳ったことにより、礼拝堂は重要な巡礼の地となった。洗礼者ヨハネの祭日には、ディネオーとサン=クーリ小教区の者が教区の旗を先頭にケルジャンを訪れ、パルドン祭りに参加した。礼拝堂はゴシック様式で交差廊とアプスを持ち、緑色の石が敷かれていた。付属の鐘楼には鐘が一つあるきりだった。17世紀半ばには礼拝堂は老朽化し放棄された状態にあった。これはそれまでの一世紀以上の間、マルタ騎士団の財力では施設保持がままならなかったためである。施設付き司祭職とその資産はシャトーランの終身助任司祭の所属となり、資産はシャトーランの司祭に預託された。1637年、ケルジャンの礼拝堂付き司祭は、司祭館を建設した。

フランス革命時代、礼拝堂は火薬庫に使われ、後に国有財として売却された。1836年、礼拝堂は火事で焼き尽くされた。焼け跡に残った石は、ペナラン村で住宅を建てるのに使われた。1850年代には司祭館は雑草に侵食された四方の壁を残すのみとなった。

1840年、シャトーランは近接するコミューン、ポール=ロネ(fr:Port-Launay)の新設で領域を割譲した。

1864年、ナント、カンペール、ランデルノーを通過する鉄道路線がシャトーランへ敷かれた。この時期に高架橋と駅が建設された。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2010年
4096 4370 4711 5357 4965 5157 5337 5213

参照元:1999年までEHESS[1]、2000年以降INSEE[2][3]

史跡[編集]

  • ノートルダム礼拝堂
  • サンティデュヌ教会

言語[編集]

2007年の新学期、1.1%の児童がブルトン語との二言語学校に在籍した。

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

関連人物[編集]


外部リンク[編集]