シャグマアミガサタケ

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シャグマアミガサタケ

Gyromitra esculenta

Frühjahrslorchel.JPG
分類
: 菌界 Fungus
亜界 : ディカリア亜界 Dikarya
: 子嚢菌門 Ascomycota
亜門 : チャワンタケ亜門 Pezizomycotina
: チャワンタケ綱 Pezizomycetes
亜綱 : チャワンタケ亜綱 Pezizomycetidae
: チャワンタケ目 Pezizales
: フクロシトネタケ科 Discinaceae
: シャグマアミガサタケ属 Gyromitra
: シャグマアミガサタケ G. esculenta
学名
Gyromitra esculenta
(Pers.) Fr.
和名
シャグマアミガサタケ
英名
False morel

シャグマアミガサタケ(赭熊網笠茸、Gyromitra esculenta)は、子嚢菌門フクロシトネタケ科シャグマアミガサタケ属に属するキノコの一種である。

形態[編集]

子実体は高さ5-8cmあるいはそれ以上に達し、頭部と明瞭な柄とで構成される。頭部は全体としては歪んだ球状をなし、表面には著しい凹凸やしわを生じて状の外観を持ち、黄褐色ないし赤褐色を呈する。柄は太く円柱状でしばしば浅い縦じわを有し、類白色ないしクリーム色で多少ざらつく。縦断面では、頭部は一枚の円盤状の子実層托(胞子形成部=結実部;Hymenophore)が複雑かつ不規則に折りたたまれた構造を有し、柄の内部にもしばしば不規則な空隙を生じている。

子嚢は細長い円筒状ないしこん棒状を呈し、無色で大形かつ薄壁、ヨウ素溶液で青く染まらず(未熟な子嚢では細胞質が黄褐色に染まるが、青変することはない)、先端に薄い円盤状で明瞭な蓋(Operculum)を備え、内部に8個の子嚢胞子を生じる。子嚢胞子は広楕円形で無色・薄壁、10パーセントの水酸化カリウム水溶液中で観察すると両端にごく低いクッション状をなした附属体(Apicula)が認められ、ヨウ素溶液で呈色することはなく、しばしば2個の小さな油滴を含み、1個の核を有する。子嚢に混じって、無数の側糸(不稔菌糸)が見出され、少数の隔壁を有し、その先端は僅かに膨れるとともに赤褐色の顆粒を含んでいる。子実体を構成する菌糸は無色・薄壁で、隔壁部で弱くくびれることがあり、かすがい連結を持たない。柄の表面においては、菌糸の先端が洋ナシ状ないし球状に膨れるが、顕著に発達した表皮層をなすことはない[1]

生態[編集]

おもに春季、マツ属Pinus[2]モミ属Abies[3]トガサワラ属Pseudotsuga)・トウヒ属Picea[4]などの針葉樹下の地上に発生する。日本においては、スギヒノキなどの林内でもときおり見出されることがある[5]

子実体の組織片を分離源とし、ジャガイモ=ブドウ糖寒天培地麦芽エキス寒天培地を用いて培養することはいちおう可能であるが、純粋培養した菌株は不安定で死滅しやすい(光条件が菌株の生育に影響を与える可能性がある)。また、生活環において、無性世代は確認されていない[6]

生活様式については、腐生性であるという説と、外生菌根を形成するとする説、あるいはアミガサタケと同様に、周囲の環境に合わせて腐生生活と菌根形成とを随時に切り替えると考える説があったが、最近では腐生生活を営むのではないかと推定されている[7][8]

分布[編集]

北半球温帯以北に分布し、日本では北海道[3][4][9][10]と本州[11][12][13][14] とから知られている

類似種[編集]

頭部のしわや隆起がやや単純なヒグマアミガサタケ
オオシャグマタケは外観ではシャグマアミガサタケと区別しにくい

同じ属に置かれる種として、日本ではヒグマアミガサタケ(Gyromitra infula (Schaeff.: Fr.) Quél.)およびオオカサノボリリュウ(Gyromitra discinoides (S.Imai) S. Imai)がある[14][15]。前者は頭部のしわひだが粗雑で、いくぶん頭巾状をなすことで異なる。また、後者はおもに腐朽材上(まれに地上)に発生し、子実体がむしろ平たい皿状の結実部とごく短い柄とからなることで容易に区別される。

また、別属に置かれるマルミノノボリリュウ(Pseudorhizina sphaerospora (Peck) Pouzar)も樹上に発生するもので、胞子は完全な球状を呈する。外観が非常にシャグマアミガサタケに似るものとしてオオシャグマタケ(=ホソヒダシャグマアミガサタケ Gyromitra gigas (Discina gigas (Krombh.) Eckblad[9][16]があるが、胞子に顕著な網目状の紋様を備えることから、現在ではフクロシトネタケ属(Discina)に移されている。

これらの類似種が、シャグマアミガサタケ同様に有毒であるか否かについては不明な点が多い。

分類学上の位置づけ[編集]

古くはノボリリュウ属Helvella)に置かれた。長くノボリリュウ科 (Helvellaceae)の一員として扱われていたが、分子系統学的解析によればフクロシトネタケ属(Discina)やマルミノノボリリュウ属(Pseudorhizina)、およびクルミタケ属(Hydnotrya)との類縁関係が深いとされ、後3者とともに独立したフクロシトネタケ科(Discinaceae)に置かれている[17]

食・毒性[編集]

学名には「食用になる」の意味がある(後述)が、そのままでは毒性が極めて強く、じゅうぶんな煮沸による毒抜き処理を要することや、毒抜き中に揮発した毒成分の不用意な吸入によっても中毒が起きる可能性があることを考えると、安易に賞味すべきキノコとはいえない。

毒成分[編集]

毒成分ギロミトリンの構造
ギロミトリンが加水分解してできるモノメチルヒドラジン

有毒成分はヒドラジン類の一種であるギロミトリンGyromitrin:C4H8N2O)、およびその加水分解によって生成するモノメチルヒドラジンである。ギロミトリンの含有量は、シャグマアミガサタケ 100 g中 120-160 mg程度であるとされている[18]

ギロミトリンの沸点は143℃で、揮発性はないが、沸騰水中ではすみやかに加水分解されてモノメチルヒドラジンとなる。後者の沸点は87.5℃で蒸気圧も高く(20℃において37.5 mmHg)、煮沸すると気化し、調理中にこれらを吸い込むと中毒を起こす。また、煮沸によって煮汁の中にも溶出する。10分間の煮沸によって、モノメチルヒドラジンの99-100パーセントが分解・失活するという[19]。また、生鮮品を10日間ほど乾燥することによっても、ギロミトリンを90パーセント程度分解できるとされている[20]

中毒症状[編集]

採取したものをそのまま食べれば、食後7-10時間を経て、吐き気・嘔吐・激しい下痢と腹痛、痙攣などを起こす。重症の場合には肝障害とその結果としての黄疸[21]・発熱・めまい・血圧降下などが現れるとともに、脳浮腫とそれに伴う意識障害ないし昏睡、あるいは腸・腹膜・胸膜・腎臓・胃・十二指腸などの出血をきたし、最悪の場合には2-4日で死に至ることがある[22][23]

治療[編集]

治療には、モノメチルヒドラジンと結合するとともに、赤血球造成を促進して抗溶血作用を示すピリドキシンが投与(体重kg当り25mg:一日当り15-30 g まで[24])される[21][1]。ただし、肝臓変性・壊死にはピリドキシンの効果はほとんどなく[25]、血液灌流などを併用する必要がある。モノメチルヒドラジンによる造血代謝阻害に対しては、葉酸あるいはフォリン酸の投与(フォリン酸として、一日当り20-200 mg)も行われる[26]

安全な調理法[編集]

フィンランドではシャグマアミガサタケをKorvasieni(コルヴァシエニ、「耳キノコ」の意)と呼び、比較的よく知られた食材であり、毒性の明示と調理法とに関する説明書きの添付とを条件に、例外的に販売が許可されている。

ヘルシンキマーケットスクウェアで警告表記を附して売られるシャグマアミガサタケ

しかし、多くの外国人は正しい調理方法を知らず、興味本位で購入して中毒する恐れが高いため、フィンランド食品安全局(Evira)では、外国人向けの数ヶ国語のパンフレット[27]を配布し、正しい食べ方の周知を呼びかけている。

以下にEviraの指定する正しい調理方法[28]を示すが、確実に無毒化する自信がない場合は、試食は禁物である

生鮮品
キノコを大量の水(キノコ1 に対し水3 の割合)で茹でる。少なくとも5分以上煮沸してから茹で汁を捨て、大量の水でじゅうぶんに煮汁を洗い落としてから、もう一度5分以上茹でる。
乾燥品
乾燥品は、使用前に少なくとも2 時間水に浸す(キノコ100 グラムを水2 リットルに浸す)。柔らかく戻ったところで、生鮮品の処理と同様に、2 回茹でこぼして水ですすぐ。
注意:煮沸作業中(あるいは乾燥中)は、作業する空間をじゅうぶんに換気する。いうまでもなく、煮沸した後の残り汁や、乾燥品を戻した後の戻し液は調理に用いてはならない。

フィンランド料理では、毒抜きをしたものをオムレツ・バターソテー・肉料理などに使うベシャメルソースなどの素材として用いる。フィンランドでは缶詰品も市販されているが、煮沸処理が施されたものとそうでないものとがあるので、缶の記載を精読して確認するべきである。

調理例

和名・方言名・学名・英名[編集]

和名は、大脳状で赤褐色ないし紫褐色の頭部を「赭熊」(赤褐色のクマの毛皮を思わせる色調に染めたヤクの尾の毛。あるいはそれに似た色調の髢)にみたてたものである[29]

日本でのきのこ狩りの季節とはかけ離れた春季に多く発生することや、外観が奇怪であることなどから考えて、食習慣には結びつかなかったものと思われる。これを反映してか方言名も少なく、「ぐにゃぐにゃ」(秋田県南部)・「しわあだま」(秋田県北部)・「しわもだし」(東北地方の各地)などの呼称が知られている程度である[30]

属名Gyromitraは、ギリシア語起源のGyros(γύρος:丸い・円形の・球形の)とmitra(μιτρα:頭巾・ターバン)とを結合したものである[31]。また、種小名esculentaは、ラテン語で「食用になる」の意である[32][33]

英名では False Morel(ニセアミガサタケ)の呼称が一般的であるが、この名がいつごろから用いられているのかは明らかでない。北アメリカのオンタリオ州付近では Elephant’s Ear(ゾウの耳)の呼称が与えられているという[22]

保護[編集]

栃木県下では、「要注目種」としてレッドデーターブックに収録されている[5]

人工栽培の将来性[編集]

ギロミトリンの生産性が非常に小さい低毒性の菌株が見出されたとの報告[34]があり、この菌株を用いての子実体の形成にも成功しているという。人工栽培に向けての基礎研究も行われている[35]

脚注[編集]

  1. ^ Medel, R. A., 2005. A review of the genus Gyromitra (Ascomycota, Pezizales, Discinaceae) in Mexico. Mycotaxon 94: 103-110.
  2. ^ 工藤伸一、2009.東北きのこ図鑑.家の光協会、東京. ISBN 978-4-259-56261-8
  3. ^ a b 五十嵐恒夫、2006.北海道のキノコ.北海道出版社、札幌 ISBN 978-4-80830-030-2
  4. ^ a b 村田義一、1978.原色北海道のきのこ その見分け方・食べ方.北海タイムス社、札幌.ISBN 978-4-886-54000.
  5. ^ a b 栃木県立博物館、2005.レッドデータブックとちぎ-栃木県の保護上注目すべき地形・地質・野生動植物.栃木県立博物館、宇都宮. ISBN 978-4-88758-030-5
  6. ^ Raudaskoski, M. Pohjola, K., and I. Saarvanto, 1976. Effect of temperature and light on the mycelial growth of Gyromitra esculenta in pure culture. Karstenia 16: 1-5.
  7. ^ Erik A. Hobbie, E. A., Weber, N. S., and J. M. Trappe, 2001. Mycorrhizal vs saprotrophic status of fungi: the isotopic evidence. New Phytologist 150: 601–610.
  8. ^ Tedersoo L., T.W. May, E.S. Matthew, 2010. Ectomycorrhizal lifestyle in fungi: global diversity, distribution, and evolution of phylogenetic lineages. Mycorrhiza 20: 217–263.
  9. ^ a b Imai, S., 1932. Contribution to the Knowledge of the classification of Helvellaceae. The Botanical Magazine (Tokyo) 46: 172-175, 359-361 + 1 plate.
  10. ^ Imai, S. 1954. Elvellaceae Japoniae. Science Reports of the Yokohama National University, Sec II. No. 3: 1-35 + 2 plates.
  11. ^ 工藤伸一・手塚豊・米内山宏、1998.青森のきのこ Fungi of Aomori.グラフ青森、青森. ISBN 978-4-90631-500-0
  12. ^ 池田良幸、1996. 石川のきのこ図鑑. 北國新聞社出版局、金沢. ISBN 978-4-833-00933-1.
  13. ^ 今関六也・大谷吉雄・本郷次雄(編)、2011. 山渓カラー名鑑 日本のきのこ(増補改訂新版).山と渓谷社、東京. ISBN 978-4-635-09044-5
  14. ^ a b Imai, S. 1954. Elvellaceae Japoniae. Science Reports of the Yokohama National University, Sec II. No. 3: 1-35 + 2 plates.
  15. ^ 今井三子、1935. 昇龍菌科の分類とその邦産の種類(Ⅳ). 植物及動物 3: 43-48.
  16. ^ Imai, S., 1938. Symbolae ad Floram Mycologicam Asiae Orientalis Ⅱ.Botanical Magazine (Tokyo) 52: 357-363 + 1 plate.
  17. ^ O'Donnell, K., Cigelnik, E., Weber, N. S., and J. M. Trappe, 1997. Phylogenetic relationships among ascomycetous truffles and the true and false morels inferred from 18S and 28S ribosomal DNA sequence analysis. Mycologiia 89: 48–65.
  18. ^ List P. H., and P. Luft P., 1968. Gyromitrin, das Gift der Fr hjahrslorchel. Archiv der Pharmazie und Berichte der Deutschen Pharmazeutischen Gesellschaft 301: 294-305.
  19. ^ Pyysalo, H., 1976. Tests for gyromitrin, a poisonous compound in false morel Gyromitra esculenta. Zeitschrift für Lebensmitteluntersuchung und-Forschung A 160: 330-335.
  20. ^ Coulet, M., and J. Guillot, 1982. Poisoning by Gyromitra : a possible mechanism. Medical Hypotheses 8: 325–334.
  21. ^ a b Braun, G., Greeff, U., and K. J. Netter, 1979. Liver injury by the false morel poison gyromitrin, Toxicology 12: 155-163.
  22. ^ a b Dearness, J., 1924. Gyromitra Poisoning. Mycologia 14: 199.
  23. ^ Toth, B., and J. Erickson, 1977. Reversal of the toxicity of hydrazine an analogues by pyridoxine hydrochloride". Toxicology 7 : 31–36.
  24. ^ Kirklin, J. K., Watson, M., Bondoc, C. C., and J. F. Burke, 1976. Treatment of hydrazine-induced coma with pyridoxine. New England Journal of Medicine 294: 938–39.
  25. ^ Braun, R,, Greeff, U., and K. J. Netter, 1979. Liver injury by the false morel poison gyromitrin. Toxicology 12: 155–163.
  26. ^ Michelot., D, and B. Toth B, 1991. Poisoning by Gyromitra esculenta —a review. Journal of applied toxicology 11: 235–243.
  27. ^ False Morel Fungi - Poisonous When Raw (PDF)”. Evira (2010年9月). 2013年12月12日閲覧。
  28. ^ 国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部 食品安全情報 No. 11 / 2008 – p 27参照。Eviraの作成したパンフレットの日本語訳がある。
  29. ^ 川村清一、1929.原色版 日本菌類図説.大地書院、東京.
  30. ^ 奥沢康正・奥沢正紀、1999.きのこの語源・方言事典.山と渓谷社、東京.ISBN 978-4-63588-031-2
  31. ^ 川村清一、1955.原色日本菌類図鑑8(子嚢菌類).風間書房、東京.
  32. ^ 今関六也・本郷次雄・椿啓介、1970.標準原色図鑑全集14 菌類(きのこ・かび).保育社. ISBN 978-4-58632-014-1
  33. ^ 牧野富太郎、2008. 植物一日一題(ちくま学芸文庫).筑摩書房、東京. ISBN 978-4-48009-139-0
  34. ^ List, P. H., and G. Sundermann, 1974. Achtung! Frühjahrslorcheln. Deutsche Apotheker Zeitung 114: 331–332.
  35. ^ Benjamin, D. R., 1995. Mushrooms: poisons and panaceas—a handbook for naturalists, mycologists and physicians. W. H. Freeman and Company. New York. ISBN 0-7167-2600-9.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]