シプリアーノ・カストロ
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| シプリアーノ・カストロ Cipriano Castro |
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ベネズエラ
第37代大統領 |
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| 任期: | 1899年 – 1908年 |
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| 副大統領: | フアン・ビセンテ・ゴメス |
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| 出生: | 1858年10月12日 タチラ州 |
| 死去: | 1924年12月4日 サンフアン |
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シプリアーノ・カストロ・ルイス (Cipriano Castro Ruiz、1858年10月12日 - 1924年12月4日)は、ベネズエラの政治家、軍人。カウディーリョ。1899年から1908年まで独裁政治をした。
アンデス山脈のタチラ州出身。牧童から牧場主となり1899年に中央集権憲法に対する地方の不満と、コーヒー不況を背景にしてコロンビア領内で挙兵した後、中央政府に宣戦を布告しいくつかの小規模な戦闘に勝利し首都カラカスに進軍して、以後タチラ州出身者と共に独裁政権樹立。大統領任期を6年に延長し、普通選挙を撤廃した。国際関係では、1902年12月には債務支払いを要求したイギリス、イタリア、ドイツの海軍がラ・グアイラなどの主要港を襲撃したが、アメリカ合衆国の調停もあって不払いのまま解決した(なお、この時にドラゴ・ドクトリンが生まれた)。しかし1908年には、アメリカとも関係が悪化し病気療養のためパリ滞在していたときに副大統領フアン・ビセンテ・ゴメスが隙を突いて、クーデターをおこしたため失脚しそのまま亡命状態になった。1913年に反乱をおこしたが翌年、鎮圧された。1924年にプエルトリコの港湾都市サンフアンで死去。
外部リンク [編集]
- Biografie (spanisch)
- Cipriano Castro (spanisch)
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