シドニー (空母)

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HMAS Sydney (R17) (AWM 301423).jpg
艦歴
発注
起工 1943年4月19日
進水 1944年9月30日
就役 1948年12月16日
退役 1973年11月12日
その後 スクラップとして廃棄
除籍
性能諸元
排水量 15,740トン(空母として)
12,569トン(輸送艦として)
全長 192 m
全幅 24.4 m
吃水 7.5 m
機関 カーチス式タービン、4缶、2軸推進、40,000hp
最大速 25ノット
航続距離
乗員 1,200名
兵装 40mm対空砲30門
搭載機 37機(空母として)
モットー "Thorough and Ready"

シドニー (HMAS Sydney, R17/A214) は、オーストラリア海軍航空母艦。元はイギリス海軍マジェスティック級航空母艦2番艦、テリブル (HMS Terrible, R93) であった。

概要[編集]

設計[編集]

艦歴[編集]

テリブルは1943年4月19日にプリマスデヴォンポート工廠で起工し、1944年9月30日に進水した。同級の他の艦同様、第二次世界大戦の終了により工事は中断されたが、オーストラリア海軍への売却が決定しシドニーと改名、1948年12月16日にオーストラリア海軍最初の空母として就役した。シドニーと姉妹艦のメルボルン (HMAS Melbourne, R21) はマジェスティック級の中で戦後に完成した最初の艦であり、最も先進的な艦であった。

シドニーはホーカー シーフューリーフェアリー ファイアフライを装備し、1951年から52年にかけて朝鮮戦争に参加、朝鮮半島水域で国連軍と共に行動した。シドニーは多くの戦闘に参加し、1日で89回の出撃を行い軽艦隊空母の記録を達成した。

シドニーはその任務を姉妹艦のメルボルンに引き継ぎ、1955年4月22日に航空団を降ろし訓練艦となる。

1958年5月30日にシドニーで予備役となるが、1962年3月7日に高速兵員輸送艦として再就役した。ベトナム戦争ではオーストラリア軍の任務部隊を支援し、24回の兵員輸送を行う。それによって艦には「Vung Tau Ferry」の愛称が付けられた。

シドニーは1973年11月12日に退役し、1975年10月28日に韓国ソウルの東國製鋼にスクラップとして売却、12月23日に牽引されてシドニーを出航し、解体処分された。

脚注[編集]


参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]