シェイク・ハシナ

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シェイク・ハシナ(2000年)

シェイク・ハシナ・ワゼドベンガル語:শেখ হাসিনা ওয়াজেদ、英語:Sheikh Hasina Wazed、1947年9月28日 -)はバングラデシュ政治家首相。バングラデシュの二大政党のひとつ、アワミ連盟党首。同国南西部のダッカ管区ゴパルガンジュ県トゥンギパラ出身。信仰する宗教はイスラム教スンナ派。日本のメディアでは現在は シェイク・ハシナ の表記が一般的だが、シェイフ・ハシナ と表記される場合もあるほか、かつては ハシナ・ワゼド とする記述もよく見られた。

パキスタンからのバングラデシュの独立を果たし国父とされるムジブル・ラフマンの長女で、1975年クーデターで父が暗殺された際にイギリスにいて生き残った。以後、インド亡命生活を送ったが、1981年に帰国を果たし、アワミ連盟の党首となった。その後、1983年フセイン・モハンマド・エルシャド英語版がクーデターで政権を握り大統領となると、アワミ連盟を率いてこの政権に対する反対運動を展開し、このため再三軟禁されることとなった。

エルシャド大統領の軍事独裁政権が倒れたのち1991年の選挙ではライバル、カレダ・ジア率いるバングラデシュ民族主義党に敗れたが、続く1996年の議会選挙には勝利し、首相に就任した。しかし、2001年の議会選挙では再びカレダ・ジアの民族主義党に敗れ下野した。2007年に予定されていた次の選挙は非常事態宣言によって延期され、ハシナも恐喝容疑で捜査を受ける異例の事態となったが、結局選挙は2008年12月に実施され、アワミ連盟を軸にエルシャド派なども結集した政党連合「大連合」が圧勝、2009年1月にハシナが再度、首相に就任した。2014年5月に来日。

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