ザルメイ・ハリルザド
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Zalmay Khalilzad
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| 生年月日 | 1951年3月22日(62歳) |
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| 出身校 | ベイルート・アメリカン大学 シカゴ大学 |
| 所属政党 | 共和党 |
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| 任期 | 2007年4月17日 - 2009年1月20日 |
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| 任期 | 2005年 - 2007年3月26日 |
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| 任期 | 2003年 - 2005年 |
ザルメイ・ハリルザド(Zalmay Khalilzad、زلمی خلیلزاد、Zalmay Khalīlzād、1951年3月22日 - )は、アメリカ合衆国の官僚、外交官、政治家。
来歴 [編集]
アフガニスタン生まれ。マザーリシャリーフ市出身。父はハリルッラー(パシュトゥーン人)、母はタジク人。1968年、ガジ貴族学校を卒業し、レバノンのベイルート・アメリカン大学でBAとMA取得後、1979年、シカゴ大学で政治学博士号取得。1979年から1989年までコロンビア大学国際行政大学院で助教授を務めた。
1982年、戦争と平和研究所、対外政策会議、ニューヨーク市、国防大学、戦略研究所の科学職員となる。1985年、アメリカ合衆国国務省に入省し、政治問題担当国務次官特別顧問となり、イラン・イラク戦争とソ連軍のアフガン侵攻を担当した。1980年代中盤、ソ連軍に対するムジャーヒディーンの行動を調整。石油会社ユノカルのアフガン・プロジェクトの主任顧問となる。
1989年から1991年までランド研究所の上級政治学者、カリフォルニア大学サンディエゴ校の講師を務める。1991年から1992年まで、政治計画担当国防次官補在任。
1993年~1999年、ランド研究所の「戦略、ドクトリン及び戦力機構」(Strategy, Doctrine and Force Structure)空軍プロジェクトのディレクター。中東研究センター(Center for Middle Eastern Studies)を設立。ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権の国防総省移行チームの長となり、後に国防長官顧問となる。アメリカ国家安全保障会議西アジア・近東・北アフリカ担当特別補佐官。南西アジア・近東・北アフリカ担当大統領特別補佐官。
ジョージ・W・ブッシュ政権の下、2003年11月から2005年6月まで駐アフガニスタン特命全権大使を務め、2003年11月24日、ハーミド・カルザイ大統領に信任状を手交した。
2005年6月21日から2007年3月26日まで駐イラク共和国特命全権大使。イラク戦争には賛成の立場を取り、嫌露派として知られる。2007年4月17日からは2009年1月20日まで国際連合特命全権大使を務めた。
著書 [編集]
- 「過去15年間におけるロシア領内での米空軍の戦闘作戦」
- 「南西アジアの安全保障」
- 「アッラーの政府:イラン・イスラム共和国」(共著)
- 「ロシア衰退の評価:米空軍に対する戦略的結果」(科学コンサルタント)
| 外交職 | ||
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| 先代: ロバート・フィン |
在アフガニスタンアメリカ合衆国大使 2003年 - 2005年 |
次代: ロナルド・ノイマン |
| 先代: ジョン・ネグロポンテ |
在イラクアメリカ合衆国大使 2005年6月21日 - 2007年3月26日 |
次代: ライアン・クロッカー |
| 先代: アレハンドロ・ウォルフ |
アメリカ合衆国国連大使 2007年4月17日 - 2009年1月20日 |
次代: スーザン・ライス |