ザウバー・C9

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ザウバー・C9 (1989)
Paris - Retromobile 2012 - Sauber Mercedes C9 - 1989 - 015.jpg
カテゴリー グループC プロトタイプ
コンストラクター ザウバー
デザイナー レオ・レス
先代 ザウバー・C8
後継 メルセデスベンツ・C11
主要諸元
シャシー アルミハニカムモノコック
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
全長 4,800 mm
全幅 1,980 mm
全高 1,050 mm
トレッド 前:1,600 mm / 後:1,550 mm
ホイールベース 2,700 mm
エンジン メルセデス・ベンツ M119HL 4,973 cc 90度 DOHC V8 2Turbo ミッドシップ
トランスミッション ヒューランド・VGC 5速 MT
重量 900 kg
タイヤ ミシュラン
主要成績
チーム スイスの旗 ザウバーメルセデス
ドライバー ドイツの旗 ヨッヘン・マス
ドイツの旗 マヌエル・ロイター
スウェーデンの旗 スタンレー・ディケンズ
イタリアの旗 マウロ・バルディ
イギリスの旗 ケニー・アチソン
イタリアの旗 ジャンフランコ・ブランカテリ
フランスの旗 ジャン=ルイ・シュレッサー
フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ
フランスの旗 アラン・クディーニ
コンストラクターズ
タイトル
1 (1989)
ドライバーズタイトル 1 (ジャン=ルイ・シュレッサー, 1989)
初戦 1987年 スパ1000km
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
21 13 7 5
テンプレートを表示
1988年 シルバーストン1000km

ザウバー・C91987年スイスペーター・ザウバー率いるザウバーチームにより、WSPCへの参戦を目的にグループC規定で製作されたレーシングマシン。前年型のC8の発展型である。

マシン概要[編集]

メルセデスSOHC5L V8 ツインターボM117HLを1988年まで搭載し、1989年からはアルミヘッド化されたDOHCエンジンM119HLを搭載。エレクトリック・コントロール・ユニット(ECU)はM117HL時代は、ボッシュ・MP1.7、M119HLではMP2.7を使用。

テレメトリー・システムもボッシュ製。マシンには36個のセンサーが取り付けられ、0.8秒毎にピットに情報が送信される。

C9には、テレメトリー・システムとは別に故障の早期発見を目的としたDARABと呼ばれる高密度データ・アナライズ・システムが装備され、ピットストップ時にデータを取り出せるようになっていた。

また各レース前にはコンピューターでマシンセッティング、レースのシミュレーションを行っていた。

モノコックはレオ・レス設計のアルミ製で、ギヤボックスはヒューランド製VG-Cをベースに改良したもの。ブレーキローターは1989年からカーボン製。タイヤミシュランを使用する。

戦績[編集]

  • 1987年

C9は1987年のWSPCシリーズ第4戦・シルバーストンでデビューした。結果はリタイアに終わったものの、予選でポールポジションのワークスポルシェと0.06秒差の2位に入りポテンシャルの高さを示した。その後第5戦ル・マン、第6戦ノリスリンク、第8戦ニュルブルクリンクに出場し、予選でこそ速さを見せるものの、足回りのトラブルが多く完走することはできなかった。1987年最後の出場レースのスパ・フランコルシャンで初のポールポジションを獲得。レースでも6周遅れながら7位で初完走した。

他にドイツ・スーパーカップにも出場し、第5戦ホッケンハイムジャン=ルイ・シュレッサーが優勝、マイク・サックウェルも3位に入った。

  • 1988年

1988年、メルセデスベンツは公式にモータースポーツ活動再開を宣言する。チーム名も「チーム・ザウバー」から「チーム・ザウバーメルセデス」となった。ただ、1988年はメルセデスのレースエンジン部門の人員は8人。ザウバーの工場スタッフは15人とまだまだ小規模の体制であった。WSPC開幕戦ヘレスでいきなり勝利を上げ、以降ジャガー・XJR-9と激しくシリーズを争うことになる。しかし第5戦ル・マンでは予選中にミシュランタイヤが原因不明のバースト、安全性を重視し決勝レースは撤退する。ル・マン以降も参戦を継続し、第10戦富士でザウバーメルセデスとしては初来日する。この年は全11戦中5勝を上げるが、ドライバー、チームともタイトル獲得はならなかった。しかし、ル・マン後の6レース中4レースで勝利しており、シーズン後半、C9はジャガー・XJR-9を凌ぐリザルトを残している。

この年もドイツ・スーパーカップに参戦し、シュレッサーが3勝を挙げチャンピオンに輝いた。

  • 1989年

1989年、ザウバー・メルセデスは、それまでのスポンサーカラーからメルセデス伝統のシルバーカラーへと改め、ドイツのレースマシンの代名詞ともいうべきシルバーアローが復活させた。シルバーアロー初レースのWSPC開幕戦鈴鹿では1-2フィニッシュの完勝を遂げる。この年WSPCシリーズからは外れたが、世界3大レースのひとつでもあるル・マン24時間にも優勝した。メルセデスにとっては37年ぶりのル・マン制覇となった。WSPCでは8戦中7勝と圧倒的な力を見せチーム・ドライバー(シュレッサー)のダブルタイトルを獲得した。

  • 1990年

メルセデスはWSPC開幕戦の鈴鹿にメルセデスベンツ・C11とともにC9を2号車として1台エントリーさせた(タイヤは1990年からグッドイヤーに変更している)。しかし1号車は予選でスピンしC11が使用不能になったため、レースには2台のC9で臨むことになった。1号車はグリッド上でガソリン漏れを起こしピットスタートとなったが、最後尾から追い上げて優勝。2号車も2位に入りC9最後のレースを完璧な勝利で飾った。


1989年のシーズン終了後、ペーター・ザウバーは「マシンはコンベンショナルでデザイン的には非常に古いものだ」と語っている[1]

1987年にC9がデビューした時、WSPCではカーボン製のモノコックを持つTWRジャガーのマシンが活躍しており、アルミ製のモノコックを持つC9はデビュー時、既に少し古臭いマシンであった。ダブルタイトルを獲得した1989年にはジャガーの他に、日産トヨタアストンマーチンがカーボンモノコックのマシンを登場させており、アルミモノコックのマシンはC9の他はポルシェマツダだけであった。

それにもかかわらずC9が1989年に圧倒的な結果を残すことができたのは、メルセデスが開発した各コンピューター・システムとマシンの信頼性の高さによるところが大きい。デビュー年の1987年こそメカニカルな理由によるリタイアが多かったが、1988年にはメカニカルトラブルによるリタイアは、62号車がブレーキトラブルでリタイアした富士での1度のみ。1989年にはメカニカルトラブルによるリタイアはゼロとマシンは高い信頼性を見せた。

C9の弱点はミシュランタイヤで、1988年のル・マンではタイヤバーストにより撤退に追い込まれ、1989年のディジョンでは勝利を失う直接的な原因となっている。1988年シーズン前半にザウバー・チームのドライバーだったジェームズ・ウィーバーは「マシンの性能にタイヤが追いついていない」と語っている[2]。この問題は1990年になってチームがグッドイヤーに銘柄を変更することで解決を見た。

1989年のル・マンの優勝クルーであるスタンレー・ディケンズはC9について、エンジンは強力、ハンドリングは高速コーナーでは良いが低速コーナーで神経質。乗り心地は振動が多く、そのためチームはマッサージ師を用意しマシンを降りるたびにマッサージを受けていたと語っている[3]

ル・マン24時間成績[編集]

クラス No. チーム ドライバー 周回数 総合順位 クラス順位
1987 C1 61 スイスの旗 Kouros Racing ニュージーランドの旗 マイク・サックウェル
フランスの旗 アンリ・ペスカロロ
日本の旗 岡田秀樹
123 DNF DNF
C1 62 スイスの旗 Kouros Racing アメリカ合衆国の旗 チップ・ガナッシ
イギリスの旗 ジョニー・ダンフリーズ
ニュージーランドの旗 マイク・サックウェル
37 DNF DNF
1988 C1 61 スイスの旗 Team Sauber Mercedes イタリアの旗 マウロ・バルディ
イギリスの旗 James Weaver
ドイツの旗 ヨッヘン・マス
DNS DNS
C1 62 スイスの旗 Team Sauber Mercedes ドイツの旗 Klaus Niedzwiedz
イギリスの旗 ケニー・アチソン
DNS DNS
1989 C1 61 ドイツの旗 Team Sauber Mercedes イタリアの旗 マウロ・バルディ
イギリスの旗 ケニー・アチソン
イタリアの旗 Gianfranco Brancatelli
384 2nd 2nd
C1 62 ドイツの旗 Team Sauber Mercedes フランスの旗 ジャン=ルイ・シュレッサー
フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ
フランスの旗 アラン・クディーニ
378 5th 5th
C1 63 ドイツの旗 Team Sauber Mercedes ドイツの旗 ヨッヘン・マス
ドイツの旗 マヌエル・ロイター
スウェーデンの旗 Stanley Dickens
389 1st 1st

Gallery[編集]

脚注[編集]

  1. ^ オートスポーツ No.544』、三栄書房、1990年、p.46。
  2. ^ 『オートスポーツ No.508』、三栄書房、1988年、p.48。
  3. ^ Racing On No.058』、武集書房、1989年、p.72。

参考文献[編集]

  • 「メルセデス&ザウバーストーリー」、『Racing On No.032』、武集書房、1988年。
  • 「熊野学の徹底メカニズムリサーチ メルセデス・ベンツのトップテクノロジー」、『オートスポーツ No.556』、三栄書房、1990年。
  • 檜垣和夫、「スポーツカー・プロファイルⅡ ザウバー・メルセデスGr.Cカー」、『CAR GRAPHIC No.457、No.459』、二玄社、1999年。
  • 『Sports-Car Racing Vol.13』、Sports-Car Racing Group、2003年。