サールブール

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Sarrebourg
Blason Sarrebourg 57.svg
Sarrebourg - église Saint-Barthélémy (2).JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ロレーヌ地域圏
(département) モゼル県
(arrondissement) サールブール郡
(郡庁所在地)
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 57630
郵便番号 57400
市長任期 アラン・マルティ
2008年-2014年
自治体間連合 (fr) Communauté de communes de l'Agglomération de Sarrebourg
人口動態
人口 12,722人
2006年
人口密度 776人/km²
地理
座標 北緯48度44分07秒 東経7度03分16秒 / 北緯48.735278度 東経7.054444度 / 48.735278; 7.054444座標: 北緯48度44分07秒 東経7度03分16秒 / 北緯48.735278度 東経7.054444度 / 48.735278; 7.054444
標高 平均:m
最低:244 m
最高:325 m
面積 16.40km² (1 460ha)
Sarrebourgの位置
Sarrebourg
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サールブールフランス語Sarrebourg)は、フランスロレーヌ地域圏モゼル県コミューンドイツ語名はザールブルク(Saarburg)。

地理[編集]

モゼル県南部、ザール川に面する都市で、重要なフランス軍駐屯地がある。フランス国鉄パリストラスブール間、メス=ストラスブール間、ナンシーバーゼル間といった重要な路線が通過する。

歴史[編集]

サールブールの歴史は、紀元前8世紀頃ザール川付近に定住した謎の民族から始まる。紀元20年頃Pons Saravilsと名づけられた町は、ローマ街道に面した重要な場所だった。

紀元235年頃、アレマンニ族フランク族が侵入し、ほぼ完全にこの町を破壊しつくした。その後フランク族が定住地を再建した。962年、メス司教が、メスの通貨鋳造をサールブールに許可した。

12世紀から15世紀のサールブールはメス司教の所有となり、アルザスのキリスト教化中心地となった。1476年にはブルゴーニュ公軍に包囲されたが、ロレーヌ公ルネ2世によって解放された。三十年戦争の戦場となったサールブールは、劇的なまでに人口が減少した。ルイ14世の対外政策によって、神聖ローマ帝国に属していたロレーヌ公国はフランス王国領となった。

1851年、パリ=ストラスブール間の鉄道開通により、サールブールにも鉄道が敷かれた。普仏戦争後のフランクフルト条約で、サールブールはドイツ帝国領となった。第一次世界大戦初期のサールブールは、フランス軍の最初の攻撃目標となり、両軍とも数千名の死者を出した。第二次世界大戦中は、マジノ線に駐屯する軍の基地が置かれた。

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