サン=ジャン=カップ=フェラ

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Saint-Jean-Cap-Ferrat
Blason ville fr Saint-Jean-Cap-Ferrat 06.svg
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行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
(département) アルプ=マリティーム県
(arrondissement) ニース郡
小郡 (canton) ヴィルフランシュ=シュル=メール小郡
INSEEコード 06121
郵便番号 06230
市長任期 ルネ・ヴェストリ
2008年-2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération de Nice-Côte d'Azur
人口動態
人口 2,172人
2006年
人口密度 876人/km²
住民の呼称 Saint-Jeannois
地理
座標 北緯43度41分00秒 東経7度20分00秒 / 北緯43.683334度 東経7.333334度 / 43.683334; 7.333334座標: 北緯43度41分00秒 東経7度20分00秒 / 北緯43.683334度 東経7.333334度 / 43.683334; 7.333334
標高 平均:m
最低:0 m
最高:138 m
面積 2.48km²
Saint-Jean-Cap-Ferratの位置(フランス内)
Saint-Jean-Cap-Ferrat
Saint-Jean-Cap-Ferrat
公式サイト http://www.ville-saint-jean-cap-ferrat.fr/
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サン=ジャン=カップ=フェラSaint-Jean-Cap-Ferrat)は、フランスプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏アルプ=マリティーム県コミューン。Ferratとは、ラテン語で『原始のまま』『文明化されていない』を意味するFerrus、または『草深い』を意味するferratusに由来する。

地理[編集]

サン=ジャン=カップ=フェラは、コート・ダジュールモナコニース間に位置し、地中海に面する。コミューンはヴィルフランシュ=シュル=メールボーリュー=シュル=メールにはさまれており、フェラ岬半島全体がコミューンに含まれている。半島には500軒以上(その多くが豪奢な邸宅)の、花やヤシノキ、アレッポマツ、オリーブの木が植栽された住宅がある。その中でも最も有名なヴィラ、エフリュッシ・ド・ロチルドは1934年に国家所有となった。この半島は新しい建物の建設を監視する場所に分類されている[1]

歴史[編集]

1908年当時のグラン・オテル
マリーナ

古くはAnaoという名だったサン=ジャン=カップ=フェラは、リグーリア人の土地だった。575年にはロンゴバルド族が支配した。中世初期、サントスピスの塔が孤立して半島東側に建てられた。8世紀にサラセン人に征服された。

ニース伯領が後退した1388年、サン=ジャン=カップ=フェラはサヴォイア家領となった。サン=ジャン=カップ=フェラは戦略上要所とされ、エマヌエーレ・フィリベルト公時代の1562年、サントスピス砦が築かれた。フランスがニースを攻略しようとした1707年、フランス軍の将軍ジェームズ・フィッツジェームズが、サントスピス砦を攻略し破壊した。

サン=ジャン=カップ=フェラは1720年から1820年までの間に幾度かフランスに占領されたが、ニース伯領全体とともにフランスに併合されたのは1860年であった。サン=ジャン=カップ=フェラは1904年まで行政上はヴィルフランシュ=シュル=メールの一部であった。

現在のサン=ジャン=カップ=フェラは、コート・ダジュールの主要な高級住宅地のひとつで、当然その多くが富裕層の住宅である。なおイギリスの人気作家だったサマセット・モームは、1926年から大戦による中断をはさみ、1965年に91歳で没するまで居住した。

経済[編集]

コミューンの主要収入のひとつは観光で、夏の観光シーズンには海水浴場に毎年多くの観光客がやってくる。加えて、不動産価格が国内でも非常に高く、1m²で平均44,000ユーロ、60,000ユーロ以上する所もある[2]

みどころ[編集]

  • ヴィッラ・エフリュッシ・ド・ロチルド - 大富豪モーリス・エフリュッシの妻、ベアトリス・ド・ロチルド(frジャコブ・マイエール・ド・ロチルドの孫娘)が、フェラ岬と本土との間の地峡に建てた豪奢な別荘。
  • レ・セドル - かつてはベルギー王レオポルド2世が所有していた地所で、14,000種の植物が集められた植物園。
  • サントスピス礼拝堂 - 17世紀。かつての塔の跡地に建てられた。
  • フェラ岬の灯台
  • ラ・ヴィッラ・サント=ソスペル - 富豪のフランシーヌ・ウァイスウァイラーが所有し、彼女が後援していたジャン・コクトーが建物外装や内装の装飾を行った。

脚注[編集]

  1. ^ Isabelle Rey-Lefebvre, « Saint-Jean-Cap-Ferrat : un site béton », Le Monde, 29 décembre 2008.
  2. ^ www.tendance-immobilier.com