サン・ベネゼ橋
| サン・ベネゼ橋 | |
|---|---|
| 所在地 | アヴィニョン(フランス共和国) |
| 北緯43度57分15.60秒東経4度48分16.97秒 | |
| 長さ | 920m(全体で) |
| 幅 | 4m |
| 形式 | アーチ橋 |
| 素材 | 石 |
| 建設 | 1177-1185年 |
サン・ベネゼ橋(仏:Pont Saint-Bénézet)はフランス、アヴィニョンのローヌ川に架かっていた石造アーチ橋である。一般にはアヴィニョンの橋として知られている。
この橋はアヴィニョンの城壁の外側にあり、ローヌ川に架かっている。建設されたのは1177年から1185年にかけてである。22連のアーチ橋であり長さは920m、幅は4mあった。
1226年、ルイ8世がアヴィニョンに攻めてきたときに橋の4分の3が破壊されてしまった。数年後、禁止されていたにもかかわらずアヴィニョンの人たちは橋を再建し始めた。以前の橋は下のサン・ベネゼ礼拝堂と呼ばれるチャペルしか残っていない。なぜなら次の橋の橋床はかさ上げされその上にサン・ニコラ礼拝堂が建てられたからである。
17世紀の初めにアヴィニョンは橋の維持と修理ができなくなった。1603年、ローヌ川の洪水でアーチの一つが崩壊した。続いて1605年に3つのアーチが崩壊した。1628年に橋の修理が始まったがペストの流行があり作業は中断され、1633年まで橋を渡ることはできなかった。2か月後、2つの新しいアーチがローヌ川に流された。この頃になると別の方法で川を渡るようになっていた。人々はフランス王国側のヴィルヌーヴにあるフィリップ端麗王(フィリップ4世)塔を出発し船で川の中央にあるバルテラセ島まで渡り、階段でサン・ベネゼ橋に登りアヴィニョンに渡ったのである。
橋は今にも崩壊しそうなので、聖ベネゼの聖遺物は1674年にサン・ニコラ礼拝堂からセレスティン修道院に移された。何度かの移転と1791年の冒涜の結果横領品が数点アヴィニョンのノートルダム大聖堂に残されているのみである。そして橋の有名な4つのアーチとフィリップ端麗王塔、世界中に知られた「アヴィニョンの橋の上で」という歌が残されている。
歩行者と騎馬通行者のために作られたものなので、歌にあるように、みんなで輪になって踊る ことは狭くて出来なかったはずである。実際に歌ったり踊ったりしていた場所は橋の下の島であった。[1]。
- ^ ミシュラン・グリーンガイド プロヴァンス(南フランス)著作フランスミシュランタイヤ社1991年6月1日