サンサルバドル
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| San Salvador | |||||
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| 座標: Template:緯度分{{{{{8}}}経}}度W分 | |||||
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| 国 | |||||
| 建設 | 1525年 | ||||
| 面積 | |||||
| - 市域 | 72.5 km² | ||||
| 標高 | 658 m | ||||
| 人口 | |||||
| - 市域 (2006年) | 約 510,367人 | ||||
| - 都市圏人口 | 2,260,894 | ||||
| ウェブサイト: http://www.amss.gob.sv/ | |||||
サンサルバドル(San Salvador)は中米にあるエルサルバドルの首都。2005年1月現在の人口は525,990人(都市圏人口は210万人)。北緯13°41′、西経89°11′にある。
目次 |
[編集] 概要
サンサルバドルの人口は約50万人で、市域は75 km2。また、第二次世界大戦後の急速な成長によりできたサンサルバドル大都市圏(Area Metropolitana de San Salvador, AMSS)の人口は210万人、面積は610 km2で、エルサルバドルの人口の3分の1が集中している。そのため国富の半分が集中し、エルサルバドルの経済の中心となっている。市中心部には多くの高層ビルが立ち並ぶが、歴史的建造物は地震やスペインの侵略者、ペドロ・デ・アルバラード (Pedro de Alvarado) による破壊のため、ほとんど残されていない。パンアメリカンハイウェイが市内を貫き、多くの都市と結びついている。また、同市はビール、タバコ、石鹸の生産地でもある。
サンサルバドル市民は富裕層と貧困層の二つに分けられる。エルサルバドルの地方都市に比べれば豊かだが(一人当たりのGDPの全国平均は2300ドルだが、同市は6000ドル)、貧困は同市の最大の問題である。また、人口問題も顕著で、サンサルバドルは(メキシコは北米と考えた場合)中米最大の都市である。
[編集] 歴史
サンサルバドルの歴史は、スペインによる支配以前までさかのぼれ、メキシコのアステカ人と近縁関係にあるナワ系のピピル族の王朝が、現在の市の付近に都クツカトラン (Cuzcatlán)を建設したことに始まる。あまり知られていないことだが、この都はスペインの支配を回避する目的で意図的に放棄されたことがある。しかし、それもむなしく16世紀にスペインに発見され、少しはなれたところに再建された。クツカトランは現在の市の北側にあったが、バレ・デ・ラス・アマカス (Valle de Las Hamacas) という渓谷に移された。バレ・デ・ラス・アマカスには、旧アセルワテ川 (Acelhuate)(現在は非常に汚染されている)の影響で、以前の都市より多くの面積と肥沃な大地を有していた。
国の人口成長が20世紀前半まで緩やかだったため、同市の人口成長もゆるやかだった。しかし、サンサルバドル市の持つ美しさ(人口が少なく空気がきれいである点)が、20世紀前半に評価され観光地となり、多くの欧米人が訪れることとなった。第二次世界大戦後には、急速な都市成長により都市圏が拡大しサンサルバドル大都市圏を形成した。
[編集] 災害
サンサルバドルは有史以来地震、噴火などの災害に悩まされている。同市を襲った最大の地震は1854年の大地震であり、最大の噴火は1917年のサンサルバドル火山の噴火で、この噴火は3つの大地震の引き金となり、サンサルバドル市は広範囲にわたって被害を受けた。これにより、政府は首都の移動を余儀なくされ、首都がヌエバ・サン・サルバドール(Nueva San Salvador, 現在のサンタ・テクラ Santa Tecla)に一時的に移転した。最近の地震は2001年の地震で、ラス・コリナス (Las Colinas) で地滑りが起きるなどの多くの被害が残った。
[編集] 交通
- サンサルバドル市内発着の長距離バスは、方面別に東・西・南の3ターミナルに分かれている。
- サンサルバドル東バスターミナル国内東部のサンビセンテ・サンミゲル・ラウニオン、国内北部のチャラテナンゴ方面発着のターミナル。
- サンサルバドル西バスターミナル国内西部のサンタアナ・アワチャパン・ソンソナテ方面発着のターミナル。
- サンサルバドル南バスターミナル3つのターミナルの中で最も規模が小さい。国内東南部のサカテコルカ・ウスルタン方面発着のターミナル。国際空港方面バスはこのターミナルが起点ではないものの、すぐそばを通過するため、乗換えは可能である。



