サンバーナーディーノ列車脱線事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サンバーナーディーノ列車脱線事故
詳細
発生日 1989年5月12日
発生時刻 午前7時36分
現場 サンバーナーディーノ (カリフォルニア州)
アメリカ合衆国
路線 en:Cajon Pass
運営者 サザン・パシフィック鉄道
事故の種類 第1事故:列車暴走・脱線
第2事故:石油パイプライン爆発
原因 第1事故:貨物積載量の計算ミスおよび機関車の発電ブレーキ故障
第2事故:第1事故の復旧作業中にパイプラインへ生じた原因不明の損傷
統計
被害列車数 1(SP 7551 East 列車)
乗客 0名
死者 6名(列車乗員2名、近隣住民4名)
負傷者 7名(列車乗員3名、近隣住民4名)
テンプレートを表示

サンバーナーディーノ列車脱線事故ダフィー・ストリート列車事故としても知られている)は、関連した2つの別個の事故の総称である。ひとつは、1989年5月12日アメリカ合衆国カリフォルニア州サンバーナーディーノで発生した列車脱線事故であり、もうひとつは、引き続いて同年5月25日に発生した、事故復旧作業にあっていた重機による石油パイプラインの損傷火災事故である。

列車脱線事故[編集]

1989年5月12日午前7時36分、カホン峠を下ってきたサザン・パシフィック鉄道貨物列車(機関車6両+貨車等69両、SP 7551 East 列車)が脱線し、さらに「ダフィー・ストリート」と呼ばれる住宅地に突っ込んだ[1]。事故現場はカホン川低地帯とフットヒル・フリーウェイ(ルート210)の交差部のちょうど北東部にあたる。

この事故により、列車先頭の本務機関車4ユニットの第1ユニット乗務の車掌と第3ユニット乗務の制動手、および沿線住民2名が死亡した。また、列車は全ての車両が損壊し、沿線の7棟が倒壊した。この事故は、モハベ駅の係員が列車重量の計算をミスしたことに加え、機関士および乗務員らが誰も複数の[要検証 ]後部補機発電ブレーキが故障していることに気づかずに、制動力が不足したままの状態で下り勾配にさしかかったため、加速を止められずに列車が暴走したことが原因である。

下り勾配で速度が落ちないことから、機関士がブレーキが効いていないことに気づいて非常ブレーキを必死にかけたが、実はこの非常ブレーキ操作によって自動的に発電ブレーキが解除されたため、かえって列車は速度をより上げる結果となった。そして、列車はダフィー・ストリート手前のカーブで時速約177キロメートル(時速約110マイル)まで加速し、先頭部の機関車(本務機)および何両もの貨車が沿線の住宅に脱線衝突した。サンバーナーディーノを通過する列車の速度制限は時速56キロメートル(時速約35マイル)である。

機関車から回収されたブラックボックスの解析により、先頭部の第3機関車ユニットについては、実際には発電ブレーキの動作音がしていたにも関わらず発電ブレーキが故障しており全く効かない状態であったことが明らかとなった。また、複数機関車からなる後補機を運転していた機関士が自身が運転するそれら機関車のブレーキに異常があったにもかかわらず、本務機に対してその報告を怠っていたことが事故後明らかとなった。この事故の背景は、重量計算ミスおよび乗務員同士のコミュニケーション不足、ブレーキ装置の不良という複数の要因が介在しているが、結果として、機関車の制動能力を超えた積載重量の貨物列車は、下り勾配で重い貨車が機関車を押し下げて急激に加速し大幅に速度超過に陥り、この速度に対してダフィー・ストリート手前のカーブの線形があまりに急カーブであったため、列車は線路に沿ってカーブを曲がりきれずにそのまま脱線・暴走した。[2]

石油パイプラインの破裂と出火[編集]

当該事故現場では線路用地に沿って地下約1.83メートル(6フィート)に14インチ高圧石油輸送パイプラインが敷設されていた。脱線事故から13日後の1989年5月22日午前8時05分にこのパイプラインが破裂して、石油が付近一帯に噴出、さらに引火して大火災となった。これにより2人が死亡し、11棟以上もの住宅が焼失した。

事故後について[編集]

事故原因への対応[編集]

サザン・パシフィック鉄道は貨物列車重量の計量方法を変更した。すなわち、すべての貨車について係員がそれぞれの最大まで積載されたものと仮定して個々の重量を計算して列車重量の最大値を求め、機関士がこの列車重量で十分な制動を得られるだけの最低限必要な制動力を明確に認識できるようにし、それに応じた機関車の両数・機種等を設定・選択できるようにシステムを改めた。

事故で損失した車両[編集]

先頭部の機関車4ユニット全て(SP 8278、SP 7551、SP 7549 および SP 9340)が全損。補機2ユニット(SP 8317、SP 7443)は脱線したものの、修復された。なお、SP 8317はサザン・パシフィック鉄道に復帰せずHelm Leasingへ売却され、SP 7443は2000年3月17日に退役したのち、5インチ6フィート軌間に改修されてブラジル MRS-Logistica #5313として活躍した。

69両の貨車全ては脱線し、事故現場で解体された。

関連サイト[編集]

(いずれも原語:英語)

脚注[編集]

(いずれも原語:英語)

出典[編集]

(いずれも原語:英語)

翻訳元記事[編集]

外部リンク[編集]