サンダカン
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| サンダカン Sandakan 山打根 |
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|---|---|
| 愛称 : The City of Nature/Little Hong Kong | |
| 位置 | |
| 座標 : 北緯5度50分00秒 東経118度07分00秒 / 北緯5.833333度 東経118.116667度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | サバ州 |
| 市 | サンダカン |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | 2,266km2(875mi2) |
| 人口 | |
| 人口 | (2009年現在) |
| 市域 | 479,121人 |
| 人口密度 | 184人/km2 |
| その他 | |
| 等時帯 | マレーシア標準時 (MST) (UTC+8) |
| Poscode | 90xxx |
| 市外局番 | 089 |
| ナンバープレート | QM |
| 公式ウェブサイト : http://www.mps.sabah.gov.my | |
サンダカン(Sandakan)はマレーシア・サバ州にある都市で、州都コタキナバルに次ぐ第二の商業都市である。中国語には山打根と表す。
周囲にはマングローブ林やオランウータンの保護区が存在する。サンダカンには当時娼館の女将が造った日本人墓地があり、明治から大正にかけて生活のために身を売られてきた海外売春婦(からゆきさん)が葬られている。
[編集] 歴史
1883年、イギリス領北ボルネオの首都がクダッからサンダカンに移された。 1930年代には、木材の輸出量が年間180,000m3となり、南洋材の世界最大の輸出港となった。
第二次世界大戦中は、日本軍の占領下にあったが、連合国軍の激しい空爆を受け、歴史的建造物などはほとんど破壊されてしまった。また、空港建設に使役させていたオーストラリア・イギリス兵捕虜を収容したサンダカン捕虜収容所があり、2500人の捕虜を虐待・死に追いやったサンダカン死の行進が起きた。戦後、宗主国がイギリスに代わり、1946年にジェセルトン(Jesselton)(現在のコタキナバル)へ首都が移されるまで、イギリス領北ボルネオの中心地として、その後も南洋材の積み出し港として栄えた。また1963年に、サラワク州やシンガポールと一緒にマレーシア(当時はマラヤ連邦)に加わった。
[編集] 交通
[編集] サンダカンを舞台とした作品
- 山崎朋子著『サンダカン八番娼館』筑摩書房1972年 文藝春秋社 文春文庫 147-1 ISBN 4167147017 (1975年1月)