サルノキング

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サルノキング
Saruno king.jpg
サルノキングと田原
(1981年10月18日・京都3歳ステークス)
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1979年3月22日
死没 不明(1993年廃用)
テュデナム
シギサン
生国 日本北海道新冠町
生産 八木牧場
馬主 猿丸進晤、中村和夫橋本善吉
調教師 中村好夫栗東)→本郷重彦美浦
競走成績
生涯成績 8戦6勝
獲得賞金 8287万5200円
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サルノキング日本競走馬種牡馬である。1982年の東京4歳ステークス弥生賞優勝馬。サルノキング事件でも知られる。近親にはカブラヤオーダイタクヘリオスなどがいる。

目次

[編集] 戦績

デビュー戦こそ単勝2番人気の3着と惜敗するも、その後レコード勝ち1回を含めて4連勝。暮れの目標であった阪神3歳ステークスは直前の体調不良で出走取消となるも、その後も東京4歳ステークス、弥生賞と連勝を重ねる。出走取消はレースをしていないと見なされるのでここまで6連勝を含む7戦6勝という順調な出世ぶりで、とくに弥生賞に関しては主戦騎手田原成貴が「こんなの攻め馬だよ」とレース後に発言するほどの楽な内容の勝利であった。かくしてこの世代の馬の中では抜けた力の持ち主、クラシック戦線の主役として、スプリングステークスに臨んだ。

[編集] サルノキング事件

スプリングステークスでサルノキングは1番人気に支持された。2番人気は「華麗なる一族」出身で当時史上最高金額で取引された話題馬・ハギノカムイオーである。スタートしてまもなく、ハギノカムイオーはいつものように先頭に立つ。サルノキングは後方2番手の馬からさらに20馬身ほど離れた最後方をたった1頭で進む。サルノキングは東上してから先行するレースを続けていたため、これは大方の予想に反する展開となった[1]。そして、まだ中盤の第2コーナーからサルノキングはロングスパートをかけて上がっていき、一気に先行集団に取り付いたため、場内は騒然となった。しかし最後の直線に入ると失速し、楽なペースで逃げることのできたハギノカムイオーがそのまま逃げ切った。サルノキングは4着を確保したとはいえ、関東でのレースしか知らない者にとっては不可解極まるレース振りでの敗戦と見えた。この騎乗に八百長疑惑がかけられ、サルノキング事件と呼ばれるようになった。

のちにこのレース中に重度の骨折をしていたことが判明し、あのときの向こう正面からの脚勢からすると、このレースも楽勝していた可能性は十分で、マルゼンスキーに匹敵する強烈なスピードと強さを兼ね備えた18年ぶりの三冠馬になっていたという声もある[要出典]。しかしサルノキングは骨折から復帰することはできず、そのまま競走馬引退を余儀なくされた。

[編集] 引退後

引退後は種牡馬となったものの、札幌日経オープンでホクトベガの2着に食い込んで小波乱を演出したモガミサルノなどを輩出するに止まった。1993年に用途変更、その後屠殺場に送られたと言われる。

なお、当馬に惚れ込んでいた田原が後年原作者となった漫画・「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」(土田世紀作画)では、主人公の騎手・氷室翔が騎乗するダービー馬・シンケンの父がサルノキングという設定になっている。

[編集] 血統表

サルノキング血統 (オーエンテューダー系Nearco 5×5=6.25%)

*テュデナム
Tudenham 1970
黒鹿毛 イギリス
Tudor Melody 1956
黒鹿毛 イギリス
Tudor Minstrel Owen Tudor
Sansonnet
Matelda Dante
Fairy Hot
Heath Rose 1964
鹿毛 イギリス
Hugh Lupus Djebel
Sakountala
Cherished Chanteur
Netherton Maid

シギサン 1962
栗毛 日本
*ソロナウェー
Solonaway 1946
鹿毛 アイルランド
Solferino Fairway
Sol Speranza
Anyway Grand Glacier
The Widow Murphy
*スタイルパッチ 1950
鹿毛 アメリカ
Dog Patch Bull Dog
Rose Leaves
Style Leader Cyclops
Minuet F-No.F-No.2-b

[編集] 脚注

  1. ^ ただし、関西のレースではほとんど後方から追い込むレースをしていた。
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