サラミ戦術

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サラミ戦術(サラミせんじゅつ、ハンガリー語: szalámitaktika [ˈsɒlɑ̈ːmitɒktikɒ] サラーミタクティカ)は、敵対する勢力群を、まるでサラミを薄くスライスしては食べることでついには全部たいらげてしまうようにして、少しずつ滅ぼしていく戦術・戦法である。また外交手法の一種で、議題や措置を出来るだけ細かく少しずつ出して交渉相手から対価獲得や時間稼ぎを行う手法も指す[1]サラミ・スライス戦略サラミ・スライシング戦略とも。比喩を使ってその本質を指し示す用語。

この呼称はソ連の支援で影響力を拡大して、ハンガリー人民共和国のトップまで登りつめたハンガリー共産党の書記局長ラーコシ・マーチャーシュの言葉に由来する[2][3]

概要[編集]

最初に指したハンガリーのラーコシの手法

アラン・ブロックとオリーバ・スタリーブレスが共編した現代思想辞典によると[4]、この用語が初めて登場したのは1940年代後半で、共産主義者のラーコシ・マーチャーシュハンガリー共産党で発言した造語である[5][2]。ラーコシはこの場で「(非共産主義者を)サラミをスライスするように殲滅する。」と発言した[5]。彼は反対派にファシスト、ファシストシンパであるとレッテルを貼り、共産主義者とその協力者の独裁体制が完成するまで、まず右翼を、そして中道主義者、左翼の中の意に沿わない者をもスライスしていった[5][6]

その後の同様の手法

また、この戦略は1940年代後半から冷戦集結まで東欧、ソ連、中華人民共和国の多くの国家、民主集中的な組織で反対派殺害・除名の手法として国内で実施された。北朝鮮の8月宗派事件、ソ連の大粛清、中国の反右派闘争文化大革命などの事件・実施前の過程、二月革命から十月革命の過程でレーニンの指導の下で敵対する勢力への対応に用いられた[7]


領土の奪取とサラミ戦術

この語はイギリスの政治諷刺番組、イエス・プライム・ミニスター第一期第一話、「グランド・デザイン」でも用いられている。この話では、首相の第一の科学諮問員が、「ソビエト連邦はすぐには西欧に攻め込んで来ませんが、土地をスライスするように併合していくでしょう、従って、首相はソビエト連邦を止める為に核兵器のボタンを押さないで下さい。」と言う一節がある。

近年の用法

近年の用法としては北朝鮮や中国の事例がサラミ戦術として指摘される。

北朝鮮の場合は、具体的には交渉の過程で交渉対象を薄く、薄くすることで無意味又は最小限の譲歩・パフォーマンスで時間稼ぎや相手に対価を求めて最大限の効果を得ようとしている [8][9][10][11][12][13][14][15][16][17][18][19][1][20][21][22] と指摘される。 韓国の民間シンクタンクの峨山政策研究院の安保統一センター長は米朝首脳会談後に核兵器の申告・検証・廃棄を求める非核化案を拒否し、交渉・検証を段階的に細かく分けるようとする北朝鮮の対応をサラミ戦術だと指摘している[23]

また、中国が南沙諸島などで行った事例もサラミ戦術であると指摘されている。 これは、軍事的・政治的に敵国の領土奪取・攻撃などを有利に進めるため、後に大きな戦略的変化をもたらすことを意図して、ひとつひとつは小さな行動を、時間をかけて積み重ね、ついには既成事実化する戦略 [3][24][25][26][27][28][29][30][31][32]であるとされる。

ビジネスでの用法[編集]

この語はビジネスに於いても、少しずつ、段階を経て、大きな目標を達成しようとする時にも用いられる。

計画的陳腐化という手法がある。(新しいモデルを発表することで元のモデルを次第に「古いもの」という位置づけに格下げしていってしまい、(場合によってはメンテナンスやサポートを徐々に打ち切って)ユーザーが新しいモデルを買わざるを得ない状態に追い込む手法)。

  • 自動車業界のモデルチェンジもそのようなもののひとつとして挙げられることがある。

アイルランドライアンエアーの価格の設定手法も挙げられる[33]。この会社は客(旅客)に対して、航空チケット代として必要な金の全体額を正直に提示するということをせず、たとえば「鞄のチェックイン」「搭乗チケット発行手数料」「クレジットカード利用手数料」「インターネット・チェックイン手数料」などという名目を多数設定して、少しずつ、こまごまと料金を上乗せして、総計で結構な金額を旅客から巻き上げることで有名になった。

脚注[編集]

  1. ^ a b 日本放送協会. “激動!対北朝鮮外交 日本は?|国際報道2018[日本の外交]|NHK BS1 ワールドウオッチング”. 国際報道2018|NHK BS1. 2018年8月1日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ a b “木語:サラミ戦術の限界=坂東賢治 - 毎日新聞” (日本語). 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20180125/ddm/003/070/127000c 2018年8月1日閲覧。 
  3. ^ a b “ゆっくり真綿で首を絞めるように攻めてくる中国 海洋進出のためのサラミスライス戦略とは | JBpress(日本ビジネスプレス)” (日本語). JBpress(日本ビジネスプレス). https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41630 2018年8月1日閲覧。 
  4. ^ Bullock, Alan, edited by Alan Bullock and Oliver Stallybrass The Harper dictionary of modern thought, Harper & Row, 1977.
  5. ^ a b c タイム誌 "Hungary: Salami Tactics" タイム (April 14, 1952). Retrieved March 15, 2011
  6. ^ Safire, William, Safire's Political Dictionary, Oxford University Press, 2008 (revised), p.639, ISBN 0-19-534334-4, ISBN 978-0-19-534334-2.
  7. ^ 諸君第39巻第1-4 号p232. 株式会社文藝春秋. (2007) 
  8. ^ INC., SANKEI DIGITAL (2018年6月22日). “【久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ】「非核化」を“核軍縮交渉”に転落させた米朝首脳会談の米戦略ミス” (日本語). 産経ニュース. https://www.sankei.com/article/20180622-S5ZBWJOSTRNXZAWZDGUVXWMM6M/ 2018年8月1日閲覧。 
  9. ^ “北朝鮮「サラミ戦術」に乗せられるな!薄く薄く提供して見返り要求...拉致再調査”. J-CASTテレビウォッチ. (2014年10月22日). https://www.j-cast.com/tv/2014/10/22218949.html?p=all 2018年8月1日閲覧。 
  10. ^ INC., SANKEI DIGITAL (2018年7月11日). “【久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ】中国にすがる金正恩氏は中朝国境通いで大忙し 米には「サラミ戦術」で時間稼ぎ” (日本語). 産経ニュース. https://www.sankei.com/article/20180711-EEVIHFKJSJNWXB76GAEYPRKJX4/ 2018年8月1日閲覧。 
  11. ^ 「時間・速度制限のない」非核化日程の前で道を見失ったトランプ大統領 | Joongang Ilbo | 中央日報”. japanese.joins.com. 2018年8月1日閲覧。
  12. ^ 米朝交渉のテーブルから「非核化スケジュール表」が消えた」『japanese.donga.com』、2018年7月19日。2018年8月1日閲覧。
  13. ^ 「トランプも何もできない…金正恩にだまされた」(1) | Joongang Ilbo | 中央日報”. japanese.joins.com. 2018年8月1日閲覧。
  14. ^ 「対北制裁が効果…トランプ大統領の任期内に北核廃棄を」(1) | Joongang Ilbo | 中央日報”. japanese.joins.com. 2018年8月1日閲覧。
  15. ^ “文大統領、北朝鮮の「核凍結」評価=野党は「核保有国宣言」と批判-韓国:時事ドットコム” (日本語). 時事ドットコム. https://web.archive.org/web/20180423115735/https://www.jiji.com/jc/article?k=2018042300830&g=int 2018年8月1日閲覧。 
  16. ^ 中朝、トランプ大統領の「リビア式非核化」を拒否 | Joongang Ilbo | 中央日報”. japanese.joins.com. 2018年8月1日閲覧。
  17. ^ “米朝会談中止:「リビア方式」で解釈の違い - 毎日新聞” (日本語). 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20180526/k00/00m/030/012000c 2018年8月1日閲覧。 
  18. ^ 「北体制保証の非核化速戦即決」…トランプモデル提示 | Joongang Ilbo | 中央日報”. japanese.joins.com. 2018年8月1日閲覧。
  19. ^ “北の核実験場廃棄声明 「100メートル走なら2メートル進んだだけ」 韓国・高麗大の南成旭教授” (日本語). 産経新聞. (2018年4月21日). https://www.sankei.com/article/20180421-4J4Y27GS65PRBLSFWNVLKGVYEU/ 2023年2月14日閲覧。 
  20. ^ 金正恩の北朝鮮と民主化、核、拉致、日米同盟」『nippon.com』、2011年12月30日。2018年8月1日閲覧。
  21. ^ 人事発表は1日1件、北朝鮮の「サラミ戦術」」『japanese.donga.com』、2012年7月19日。2018年8月1日閲覧。
  22. ^ 北、開城公団「サラミ戦術」突入 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. dailynk.jp. 2018年8月1日閲覧。
  23. ^ 「米国の攻撃名分なくすため」に終戦宣言にこだわる北朝鮮」『』。2018年8月1日閲覧。
  24. ^ “中国による尖閣「サラミ」戦術。日本はもう戦争を仕掛けられている” (日本語). まぐまぐニュース. https://www.mag2.com/p/news/215930 2023年2月14日閲覧。 
  25. ^ “尖閣問題でも使われる 中国が好む「サラミ戦術」とは?” (日本語). WEDGE Infinity(ウェッジ). (2013年9月2日). https://wedge.ismedia.jp/articles/-/3115 2018年8月1日閲覧。 
  26. ^ INC., SANKEI DIGITAL (2018年1月13日). “【主張】尖閣に潜水艦 中国の本性を見過ごすな” (日本語). 産経ニュース. https://www.sankei.com/article/20180113-O5VPVCA5AVJYZDD6EVZFVQCSFY/ 2018年8月1日閲覧。 
  27. ^ “中国のサラミ・スライス戦略、キャベツ戦術の脅威 チッポケな岩礁を次々と手中に、米国はいつまで傍観するのか | JBpress(日本ビジネスプレス)” (日本語). JBpress(日本ビジネスプレス). https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43349 2018年8月1日閲覧。 
  28. ^ “ブータンを挟んで対峙する中国とインド:「幸せの国」は戦場になるか(六辻彰二) - Yahoo!ニュース” (日本語). Yahoo!ニュース 個人. https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bef7404b65119f544b0aed55c6550f751c2f8f2e 2018年8月1日閲覧。 
  29. ^ “南沙諸島埋め立て・軍事基地化断行に迷いなし 2015年版「中国の軍事戦略」から見えてくる中国の狙い | JBpress(日本ビジネスプレス)” (日本語). JBpress(日本ビジネスプレス). https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43934 2018年8月1日閲覧。 
  30. ^ “日本はミサイル防衛強化必至”. NEXT MEDIA "Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]. (2016年11月11日). https://japan-indepth.jp/?p=31253 2018年8月1日閲覧。 
  31. ^ “もうどの国にも止められない中国の人工島建設 米海軍に手出しをさせない仕組みとは | JBpress(日本ビジネスプレス)” (日本語). JBpress(日本ビジネスプレス). https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43589 2018年8月1日閲覧。 
  32. ^ 日経ビジネスDigital. “キャベツとサラミで尖閣に迫る中国” (日本語). 日経ビジネスDigital. https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/092900002/091400057/?ST=pc 2018年8月1日閲覧。 
  33. ^ Lisa Bachelor and Nicholas Watt, Guardian, Friday 23 December 2011, Ryanair defiant over credit card surcharges crackdown

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • Horvath, John. 2000. Salami Tactics, Telepolis, at Heise.de online. Retrieved July 11, 2005.