サムシング

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サムシング / カム・トゥゲザー
Something / Come Together
ビートルズシングル
リリース イギリス1969年10月31日
アメリカ:1969年10月6日
録音 アビー・ロード・スタジオ
(1969年5月2日,5月5日,7月11日7月16日8月15日)
ジャンル ロック
時間 3分0秒
レーベル アップル・レコード
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズ シングル 年表
ジョンとヨーコのバラード
(1969年)
サムシング / カム・トゥゲザー
(1969年)
レット・イット・ビー
(1970年)

サムシング」("Something")は、1969年9月にビートルズが発表したアルバム『アビー・ロード』の収録曲であり、同年10月にシングル・カットされ21枚目のオリジナル・シングル曲ともなった。シングル盤はA面曲で片面は「カム・トゥゲザー」である。

目次

[編集] 解説

ジョージ・ハリスンの作品。リードヴォーカルはジョージ・ハリスン。ビートルズ時代の公式発表曲の中で唯一シングルのA面収録曲となったジョージの作品であり、彼の代表作として知られる。

曲はもともと約8分あり、インストゥルメンタルのジャム演奏が続いていたが、その部分は後にカットされて現在の形になった。

フランク・シナトラは「20世紀最高のラヴ・ソングだ。」と絶賛し、また「一番好きなレノン=マッカートニーの楽曲は『サムシング』だ」とコメントしていた(ジョージ作とは知らないようだった)。また、マイケル・ジャクソンがジョージとビートルズの話をしている時、「サムシング」の話になり、「え? あなたが書いたんですか? レノン=マッカートニーだと思ってた」と本人の目の前で言ったという。

ビートルズでは「イエスタデイ」に次いで世界でカヴァーされた曲と言われており、アメリカのラジオ局でも「イエスタデイ」に次いでエア・プレイ回数が多い楽曲と言われる。ジョージにとって最も成功した楽曲であり、この曲によってジョージは一人前のソングライターとして広く認知されるようになった。

[編集] シングル盤

アルバム『アビイ・ロード』からのシングル・カット。イギリスにおいてアルバムで発表済みのビートルズの楽曲がシングル・カットされたのは初めてのことであった。

ビルボード』誌では、1969年11月29日に週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1969年年間ランキングは第4位。

「カム・トゥゲザー」との両A面規格でのリリース。ビートルズの両A面シングルは過去にも『恋を抱きしめよう / デイ・トリッパー』、『イエロー・サブマリン / エリナー・リグビー』、『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー / ペニー・レイン』の3作があった。しかしこれらが両A面扱いであったのはイギリスにおいてのみであり、アメリカビルボードのチャートでは両面とも単独でランクインされることが普通であった(ビートルズのシングルの場合、ほとんどがB面曲もチャートインしている)。「サムシング」、「カム・トゥゲザー」とも当初それぞれ単独の曲としてランクインし、「サムシング」は3位、「カム・トゥゲザー」は2位まで到達したが、両曲ともトップ10内に在位中にビルボードのチャート集計方法が変更され、両面ヒットは単独の作品として数えられるようになったため、両曲のポイントが合算されて『カム・トゥゲザー / サムシング』として1位になった。尚、『キャッシュボックス』誌では、別々にランキングされたままで計3週2位が最高位だった。年間ランキングでは66位。アメリカでは200万枚以上のセールスを記録している。イギリスの「ミュージック・ウィーク」誌では、最高位第4位、セールスは20万枚を超える程度だった。これはアルバム発売後のリカットだったからと思われる。

なお、英国盤CDシングルでは1曲目に収録され、事実上のA面曲であることが伺える。

[編集] プロモーション・フィルム

シングル発売が決定した時、既にグループとしての活動は事実上終焉していた。そのため、メンバーがそれぞれの妻と一緒に自宅の庭を散歩している様子を撮影したフィルムが作られた。このフィルムで、メンバーが一緒に映っているシーンはひとつもない。フィルムはニール・アスピノールの制作で、撮影日は1969年10月末とされている[1]。現在は映像版『アンソロジー』Vol.8で見ることができる。

[編集] 収録アルバム

[編集] 参考文献

  1. ^ 『ザ・ビートルズ・ワークス』洋泉社発行、マーク・ルイソン著、ザ・ビートルズ・クラブ翻訳、2008年、427頁